前回の投稿の日付が2月24日で,この投稿が4月7日というと,ちょっとの間のように見えてしまうが,実は1年以上の時間が開いてしまった。
2010年度入試も,神戸親和女子大学の受験者,合格者,入学者は昨年度を上回り,(残念なことに心理学科を除いてだが)定員をはるかに超える入学者を迎えることができた。心理学科がなぜ定員にわずかながら届かないかは,もう個人的には親和の七不思議のひとつに数えたいくらいだが,がっかりしても仕方ない。またいつもの日常が始まって,今年度の入学生とも顔合わせが終わったところ。
さて,今年度は秋に日本行動分析学会の年次大会を親和で開催する。これを成功させることがまずひとつの目標(というか使命)。そして,入試の仕事が終わって,また研究活動をしっかりと思っているところである。そんなときに,昨日は科学研究費の不採択(連戦連敗である)の知らせも届いたが,できることをひとつひとつ積み上げていくしかない。
2009年1月13日火曜日
女と男
NHKで面白いシリーズをやっています。NHKスペシャル・シリーズ女と男 (ちょっと前までなら男と女という題だったのかも)。最新科学が読み解く性という副題が付いています。
いわゆるウーマンリブというスローガンの下に,女性解放運動が盛んだった時代が,もう半世紀近く前のことになります。盛んでなくても,雇用機会均等をはじめとして性差の捉え方は,その運動以来大きな変化をもたらしました。
一方で,やはり女と男は違っているのだと数多く報告されるようにもなってきました。何だか,ネズミもハトもサルもチンパンジーもヒトも同じだという主張に対する反論のようにも聞こえます。また,人間は生まれながらにして平等であるというスローガンに対する反論のようでもあります。
同じとか違うという表現は,何においてという判断する側面と,その基準が明示されない限り,意味がありません。「女も男も一緒でしょ」という表現は,何だかわかったようでわからないようで,わからないようでわかるような気がします。そこには,おそらく,何が同じで何が違うかということを暗黙裏に探し出しているからかも知れません。もう少し書くなら,では男がみんな同じかといえばそれもまた,違うところもあり,同じ所もあります。日本人の男ならという表現も,さらに,20代の日本人の男,働いている20代の日本人の男,働いている20代の日本人の男,関西で,事務職で,etc.etc.・・・。どこまでいっても,一緒か違うかという話は終わりがありません。属性や経験はひとりひとり異なっていますから。
閑話休題。ここで問題になっている女と男の違いというのは,生物学的なレベルの話であり,おそらくは,胎児期から始まる性ホルモンの働きの効果の違いについての話でしょう。実はビデオに録画したまままだ再生していないのですが,Anne MoreとDavid Jesselが今から20年近く前に出版したBrainsexという刺激的なタイトルの本でも,Louann Brizendineが2~3年前に出版したThe Female Brainでも,生物学的な違い(性が理由も何もなくて生じるわけはありませんし,それが種または遺伝子の保存を結果としてもたらしていることは,現代の生物学での前提でもあります)を,どのような側面で,どのような基準で異なるかを明らかにしています。
日常的な生活の中で感じることや得ることのできる知識と,科学的にわかっていくことの違いと共通点もまた面白いテーマですが,これについては近いうちにその第1弾を覚え書きとして発表する予定です。
いわゆるウーマンリブというスローガンの下に,女性解放運動が盛んだった時代が,もう半世紀近く前のことになります。盛んでなくても,雇用機会均等をはじめとして性差の捉え方は,その運動以来大きな変化をもたらしました。
一方で,やはり女と男は違っているのだと数多く報告されるようにもなってきました。何だか,ネズミもハトもサルもチンパンジーもヒトも同じだという主張に対する反論のようにも聞こえます。また,人間は生まれながらにして平等であるというスローガンに対する反論のようでもあります。
同じとか違うという表現は,何においてという判断する側面と,その基準が明示されない限り,意味がありません。「女も男も一緒でしょ」という表現は,何だかわかったようでわからないようで,わからないようでわかるような気がします。そこには,おそらく,何が同じで何が違うかということを暗黙裏に探し出しているからかも知れません。もう少し書くなら,では男がみんな同じかといえばそれもまた,違うところもあり,同じ所もあります。日本人の男ならという表現も,さらに,20代の日本人の男,働いている20代の日本人の男,働いている20代の日本人の男,関西で,事務職で,etc.etc.・・・。どこまでいっても,一緒か違うかという話は終わりがありません。属性や経験はひとりひとり異なっていますから。
閑話休題。ここで問題になっている女と男の違いというのは,生物学的なレベルの話であり,おそらくは,胎児期から始まる性ホルモンの働きの効果の違いについての話でしょう。実はビデオに録画したまままだ再生していないのですが,Anne MoreとDavid Jesselが今から20年近く前に出版したBrainsexという刺激的なタイトルの本でも,Louann Brizendineが2~3年前に出版したThe Female Brainでも,生物学的な違い(性が理由も何もなくて生じるわけはありませんし,それが種または遺伝子の保存を結果としてもたらしていることは,現代の生物学での前提でもあります)を,どのような側面で,どのような基準で異なるかを明らかにしています。
日常的な生活の中で感じることや得ることのできる知識と,科学的にわかっていくことの違いと共通点もまた面白いテーマですが,これについては近いうちにその第1弾を覚え書きとして発表する予定です。
2009年1月7日水曜日
あけましておめでとうございます
何とか松の内のご挨拶。ことしは丑年ということで,漱石が芥川に送った手紙の文句などを年賀状に書きました。要は,焦ることなく地道にやっていきなさいというお話なのだが,私は昔からそのようなことが比較的苦手と感じている。動物実験などは本当に地道に毎日,好んでやっていたけれど,なかなか好きでないことを継続することは難しい。当たり前の話だけれど,それが大切なのだという,自分に対する戒めみたいなものである。さて,心理学も学習心理学も締め切りが迫っていて,すこしずつメールで送ってきてくれる人がいる。長くないというよりも,むしろまとまりすぎたものもあるが,レポート全体で伝えたいことが何かが明確であれば,長短は次の問題である。そのメッセージを伝えるために必要な文言を連ねていけば,自ずと長さはある程度のところに収まってくるように思う。
実は私自身も論文の締め切りを抱えているのだけれど,それもまた,下書きでなく,ブレインストーミングして伝えたいことをまずまとめて,論文の大枠を作ることから始めるのがつねである。よほど慣れていけば頭の中で考えてまとめることも可能になるだろうが,それまでは,紙やパソコンで思ったことをつらつらと書き連ねて,視覚的にとらえることがポイントを見つけ出して全体を構成するためには必要なように感じる。
年明け,年の初めと言いながら,授業は2~3週間で終わってしまう。心理学であれ,学習心理学であれ,何かを自分の力で考える練習になってくれればと思う。
2008年11月26日水曜日
2008年7月20日日曜日
学期の終わりのお引っ越し
別に好きこのんでこの時期になったわけではないのだけれど,火曜日はお引っ越し。春先にたまたま見つけたオンボロ一軒家に,とりあえず住めるようにするための手を加えていたら,いつの間にかこんな時期になってしまったというわけ。
もともと私は父の仕事の都合でごく短距離ではあるけれど,小さい頃から引っ越しを繰り返してきた。大学で東京に出るまでで9回,東京で2回(2回目の引っ越し,東京での3箇所目がこれまでのそれほど短くはない人生の中で最も長く住んだ場所である。たしか10年くらい同じ場所にいた)。その後のLondonでも4箇所に住んだ。帰国してから東京に戻る前に実家で半年を過ごし,その東京での3年の後,大阪にやってきて3箇所を通り過ぎて神戸にやってきたのが2年数ヶ月前。そして今回の引っ越しに至ることになる。通算22回目のお引っ越しである。
幸か不幸か梅雨も明けて,高校訪問,模擬授業,学期末でのレポート,成績評価,それに加えて実験準備,オープンキャンバスなどなど,枚挙に暇がない中での引っ越しなのだが,私が荷造りするのはただ私の部屋の中のものだけ。後は家人がせっせこともうずいぶん前からほとんどひとりでやっている。移り住む先の改装についても,キッチンのことを除けば私はほとんどタッチしなかった。家人は私などよりはるかに具体的なイメージを持っているようで,ちょっと気づいたところに口出ししても,ほとんど意味を持たない。また,意見を求められたとしても,正の強化を受けることはまずない。要は,消去されてきたのである。
22回も移り住んでいるせいか,またずいぶん年齢をとってから人並みの生活を始めたせいか,結構な年齢になった今でも,住むところにはあまりこだわりがない。家のつくりなどなどについてはこだわりがないと書いた方が正確だろう。大人になってからは,住む街にはこだわりたいし,自分の住処の中に自分だけの空間(つまり自分の部屋)は必須である。何ということと顰蹙を買うことを承知で書いてしまえば,子ども部屋はなくても自分の部屋は確保しなければならないし,その自分の部屋には,子どもたちであっても,自由な出入りは禁じている。
そのような自分の空間は確保したいという思いの一方で,その入れ物,つまり家を持つとかマンションとかを自分のものとして買うという発想はほぼ皆無に等しかった。毎週末に届くずっしりとした新聞の折り込みの束を眺めれば,なるほど家を持つことが多くの人にとってとても大切なことなのだろうことは何となく想像はつくのだけれど,30代から定年近くまでのローンを組んでということが,実行に移される必要があるかは,わからずにいたし,今でもよくはわかっていないのだろう。
にも関わらず今回このようなことになってしまって,段ボールの山とまだこれから詰め込まなければならない本やCDを眺めていても,そして移り住む先(今住んでいるところから車で5分とかからない)に何度か足を運んで,ほとんど移り住むことができるようになっていることを目の当たりにしていながら,まだ実感がない。
もう10年以上前のことになってしまうが,ロンドンに住んでいたときに,ときどき妙な感覚に襲われたことがあった。確かに私はそのときロンドンにいて,日々実験をし,パブに通い,コンサートに通っていたのだが,ここにいる自分とは別にもう1人,東京にいてあの懐かしい場所で変わらずに齷齪と生活している自分もいるのではないかしらという感覚である。なんだかそんな感覚がごく近い将来またやってくるのかなという想像を巡らせたりしている。
もともと私は父の仕事の都合でごく短距離ではあるけれど,小さい頃から引っ越しを繰り返してきた。大学で東京に出るまでで9回,東京で2回(2回目の引っ越し,東京での3箇所目がこれまでのそれほど短くはない人生の中で最も長く住んだ場所である。たしか10年くらい同じ場所にいた)。その後のLondonでも4箇所に住んだ。帰国してから東京に戻る前に実家で半年を過ごし,その東京での3年の後,大阪にやってきて3箇所を通り過ぎて神戸にやってきたのが2年数ヶ月前。そして今回の引っ越しに至ることになる。通算22回目のお引っ越しである。
幸か不幸か梅雨も明けて,高校訪問,模擬授業,学期末でのレポート,成績評価,それに加えて実験準備,オープンキャンバスなどなど,枚挙に暇がない中での引っ越しなのだが,私が荷造りするのはただ私の部屋の中のものだけ。後は家人がせっせこともうずいぶん前からほとんどひとりでやっている。移り住む先の改装についても,キッチンのことを除けば私はほとんどタッチしなかった。家人は私などよりはるかに具体的なイメージを持っているようで,ちょっと気づいたところに口出ししても,ほとんど意味を持たない。また,意見を求められたとしても,正の強化を受けることはまずない。要は,消去されてきたのである。
22回も移り住んでいるせいか,またずいぶん年齢をとってから人並みの生活を始めたせいか,結構な年齢になった今でも,住むところにはあまりこだわりがない。家のつくりなどなどについてはこだわりがないと書いた方が正確だろう。大人になってからは,住む街にはこだわりたいし,自分の住処の中に自分だけの空間(つまり自分の部屋)は必須である。何ということと顰蹙を買うことを承知で書いてしまえば,子ども部屋はなくても自分の部屋は確保しなければならないし,その自分の部屋には,子どもたちであっても,自由な出入りは禁じている。
そのような自分の空間は確保したいという思いの一方で,その入れ物,つまり家を持つとかマンションとかを自分のものとして買うという発想はほぼ皆無に等しかった。毎週末に届くずっしりとした新聞の折り込みの束を眺めれば,なるほど家を持つことが多くの人にとってとても大切なことなのだろうことは何となく想像はつくのだけれど,30代から定年近くまでのローンを組んでということが,実行に移される必要があるかは,わからずにいたし,今でもよくはわかっていないのだろう。
にも関わらず今回このようなことになってしまって,段ボールの山とまだこれから詰め込まなければならない本やCDを眺めていても,そして移り住む先(今住んでいるところから車で5分とかからない)に何度か足を運んで,ほとんど移り住むことができるようになっていることを目の当たりにしていながら,まだ実感がない。
もう10年以上前のことになってしまうが,ロンドンに住んでいたときに,ときどき妙な感覚に襲われたことがあった。確かに私はそのときロンドンにいて,日々実験をし,パブに通い,コンサートに通っていたのだが,ここにいる自分とは別にもう1人,東京にいてあの懐かしい場所で変わらずに齷齪と生活している自分もいるのではないかしらという感覚である。なんだかそんな感覚がごく近い将来またやってくるのかなという想像を巡らせたりしている。
2008年5月22日木曜日
教育実習
ゼミ生が教育実習でお世話になっている中学校にご挨拶に上がる。
高校へは,入試関係のご案内や模擬授業等で頻繁に立ち入るが,中学校の教室内に立ち入ったのはたぶん卒業以来ではないだろうか。教員が板書しながら授業を進めるスタイルは基本的には変わっていないように見える。また,誤解を恐れずに書けば,生徒たちがとてもまじめに授業を受けていたことに少し驚いた。校長先生が教室に入り,教育実習生が授業を担当し,また私のような部外者が見学に来ている状況では滅多なこともできないだろうが,お話によれば,生徒たちの授業態度は校長先生や私の存在とはあまり関係なく,十分まじめであるとのこと。
これまた驚いたのは,実習生が生徒たちに,「○○についてわかる人?」と質問すると少なからぬ数の手が挙がること。そういえばそうだったと思い出したことに,「前に出てきて黒板に書ける人?」という問いかけにも同じように何人もの生徒が入れ替わり立ち替わり反応していた。確か高校でも数学の授業で前に出て解答するなどということがけっこう頻繁にあったなと思い出した。
良くも悪くも大学の授業ではそのようなことが多くない。質問の仕方を工夫することで少しは変わるのかもしれないが,より積極的に参加できる授業ができればと感じた。
高校へは,入試関係のご案内や模擬授業等で頻繁に立ち入るが,中学校の教室内に立ち入ったのはたぶん卒業以来ではないだろうか。教員が板書しながら授業を進めるスタイルは基本的には変わっていないように見える。また,誤解を恐れずに書けば,生徒たちがとてもまじめに授業を受けていたことに少し驚いた。校長先生が教室に入り,教育実習生が授業を担当し,また私のような部外者が見学に来ている状況では滅多なこともできないだろうが,お話によれば,生徒たちの授業態度は校長先生や私の存在とはあまり関係なく,十分まじめであるとのこと。
これまた驚いたのは,実習生が生徒たちに,「○○についてわかる人?」と質問すると少なからぬ数の手が挙がること。そういえばそうだったと思い出したことに,「前に出てきて黒板に書ける人?」という問いかけにも同じように何人もの生徒が入れ替わり立ち替わり反応していた。確か高校でも数学の授業で前に出て解答するなどということがけっこう頻繁にあったなと思い出した。
良くも悪くも大学の授業ではそのようなことが多くない。質問の仕方を工夫することで少しは変わるのかもしれないが,より積極的に参加できる授業ができればと感じた。
2007年12月1日土曜日
It's not fair.
そのうちと書いていて,まだ書けなかったことをまとめておこう。
もう3週間前の親和の学園祭初日。春学期に担当した1回生の基礎ゼミの学生が模擬店出店で参加しているのだけれど,私は仕事で手伝えず。初日のハイライトは,蝦ちゃんが来ることだった。特別にファンというわけではないのだけれど,親和まで来てくれるなら是非見に行こうと,ぴあでチケットを確保して,ふたりの子どもも連れて行こうと妻ともども楽しみにしていた。
しかし,全く基本的な確認を怠って(尤も,何度か大学祭実行委員会に電話をしたり直接でかけたりしたのだが不在ばかり),3歳と4歳の子供達であれば膝上で入場可能だろうと勝手に判断していたところ,入り口で一人1枚ずつ必要ですと言われて,半分(妻とこどもひとり)だけ入ることも考えたのだけれど,諦めようと,すごすごと帰途についてしまう羽目になってしまった。
それで思い出したことがひとつ。チケットを巡る出来事と言うだけで,何も関連性はないこと。ロンドンにいた頃とても頻繁にコンサートやオペラに出かけていた。その一つでの出来事である。ボロディナとホロストフスキーというロシアのふたりがフェスティヴァルホールでオペラアリア集を歌った。コンサート自体はとても楽しかったのだが,事件?は休憩中に起こった。相当なビッグネームの2人だったにもかかわらず,オーディエンスは半分くらい。私が座っていたのはアネクセという1階の前寄りのサイドの席だった。前半のプログラムが終わると,1階席の後ろに座っていた人々が退去して前半分に異動してきたのである。中には2階,3階席あたりから民族大移動よろしく降りてきた人も数多くいたに違いない。
起こった事件というのは私も「それならば」と1階席の中央付近に移動した後だった。隣に座っていたらしきおじさんがトイレからかどこからか戻ってきてお前はどこから来たのかと尋ねるのである。日本からという冗談が口をついて出るような口調ではなかった。ほどなくおじさんは係のおばさんを伴ってもどってきて,後の処理は任したぞとばかりにどっかと座り込んだのである。
そこから先は係の女性と私のやりとり。要するに,It's not fair. お前さんのやったことはフェアでないということである。お前が持っているチケットはアネクセのものである,空席があるからこちらに移るというなら,その差額を払わなければ,フェアでないということである。差額を払わずにここに移りたいというなら,支配人に掛け合いなさいという。私だけでなくて多くの他の人たちも異動しているではないかと言うと,今問題にしているのは,お前のことだ,他の人たちを理由にしてお前の行動を正当化しようとするのはフェアでないという。日本人だと,叱られたとき,注意されたとき,あいつもやっているではないかという理由付けは何となく理解されるものだが,イギリスでは全く意味をなさなかった。
フェアであるかどうかがイギリス人にとってとても重要な行動の基準であることは何となく知っていたけれど,このような形で自分に降りかかってくるとは夢想だにしていなかった。そういえばこんなこともあった。自転車で町中を走っていたときのこと。横断歩道をまもなく渡ろうとする小学生の集団とその集団を先導している男の人がいた。まだ大丈夫と思った私はそのまま走り去ろうとしたのだが,その私の背中に浴びせられたのは,"Zebra Crossing!!"という怒鳴り声。要するに横断歩道を渡ろうとする人がいれば必ず止まれという注意である。
まあ,この後者の例はフェアである云々とは直接関わらないが,イギリス人がルールのようなものを如何に大切にしているかという意味で共通しているようにも思える。さて翻って本邦ではということを言い,あっちはいいとかこっちは悪いと言いたいわけではないが,数学者藤原正彦のことばを最後に引用しておく。
イギリス人はfairを尊ぶ。辞書の,公平な,公正な,適正な,正当ななどとは少し違っているという。「フェアーであることを,イギリス人は絶対的なことと考え,アメリカ人は重要なことと考え,ヨーロッパ人は重要なことの一つと考え,日本人は好ましいことと考える」
ちなみに,冒頭の蝦ちゃんの一件には後日談がある。その場にいた,実行委員の1人が心理の学生で,彼女がかけあってOKをもらってくれていたとのこと。OKをもらって戻ってきたときには私たちは帰宅の途に着いていた。いや,正確に書けば,羊への途。蝦が羊に化けた夜だった。
もう3週間前の親和の学園祭初日。春学期に担当した1回生の基礎ゼミの学生が模擬店出店で参加しているのだけれど,私は仕事で手伝えず。初日のハイライトは,蝦ちゃんが来ることだった。特別にファンというわけではないのだけれど,親和まで来てくれるなら是非見に行こうと,ぴあでチケットを確保して,ふたりの子どもも連れて行こうと妻ともども楽しみにしていた。
しかし,全く基本的な確認を怠って(尤も,何度か大学祭実行委員会に電話をしたり直接でかけたりしたのだが不在ばかり),3歳と4歳の子供達であれば膝上で入場可能だろうと勝手に判断していたところ,入り口で一人1枚ずつ必要ですと言われて,半分(妻とこどもひとり)だけ入ることも考えたのだけれど,諦めようと,すごすごと帰途についてしまう羽目になってしまった。
それで思い出したことがひとつ。チケットを巡る出来事と言うだけで,何も関連性はないこと。ロンドンにいた頃とても頻繁にコンサートやオペラに出かけていた。その一つでの出来事である。ボロディナとホロストフスキーというロシアのふたりがフェスティヴァルホールでオペラアリア集を歌った。コンサート自体はとても楽しかったのだが,事件?は休憩中に起こった。相当なビッグネームの2人だったにもかかわらず,オーディエンスは半分くらい。私が座っていたのはアネクセという1階の前寄りのサイドの席だった。前半のプログラムが終わると,1階席の後ろに座っていた人々が退去して前半分に異動してきたのである。中には2階,3階席あたりから民族大移動よろしく降りてきた人も数多くいたに違いない。
起こった事件というのは私も「それならば」と1階席の中央付近に移動した後だった。隣に座っていたらしきおじさんがトイレからかどこからか戻ってきてお前はどこから来たのかと尋ねるのである。日本からという冗談が口をついて出るような口調ではなかった。ほどなくおじさんは係のおばさんを伴ってもどってきて,後の処理は任したぞとばかりにどっかと座り込んだのである。
そこから先は係の女性と私のやりとり。要するに,It's not fair. お前さんのやったことはフェアでないということである。お前が持っているチケットはアネクセのものである,空席があるからこちらに移るというなら,その差額を払わなければ,フェアでないということである。差額を払わずにここに移りたいというなら,支配人に掛け合いなさいという。私だけでなくて多くの他の人たちも異動しているではないかと言うと,今問題にしているのは,お前のことだ,他の人たちを理由にしてお前の行動を正当化しようとするのはフェアでないという。日本人だと,叱られたとき,注意されたとき,あいつもやっているではないかという理由付けは何となく理解されるものだが,イギリスでは全く意味をなさなかった。
フェアであるかどうかがイギリス人にとってとても重要な行動の基準であることは何となく知っていたけれど,このような形で自分に降りかかってくるとは夢想だにしていなかった。そういえばこんなこともあった。自転車で町中を走っていたときのこと。横断歩道をまもなく渡ろうとする小学生の集団とその集団を先導している男の人がいた。まだ大丈夫と思った私はそのまま走り去ろうとしたのだが,その私の背中に浴びせられたのは,"Zebra Crossing!!"という怒鳴り声。要するに横断歩道を渡ろうとする人がいれば必ず止まれという注意である。
まあ,この後者の例はフェアである云々とは直接関わらないが,イギリス人がルールのようなものを如何に大切にしているかという意味で共通しているようにも思える。さて翻って本邦ではということを言い,あっちはいいとかこっちは悪いと言いたいわけではないが,数学者藤原正彦のことばを最後に引用しておく。
イギリス人はfairを尊ぶ。辞書の,公平な,公正な,適正な,正当ななどとは少し違っているという。「フェアーであることを,イギリス人は絶対的なことと考え,アメリカ人は重要なことと考え,ヨーロッパ人は重要なことの一つと考え,日本人は好ましいことと考える」
ちなみに,冒頭の蝦ちゃんの一件には後日談がある。その場にいた,実行委員の1人が心理の学生で,彼女がかけあってOKをもらってくれていたとのこと。OKをもらって戻ってきたときには私たちは帰宅の途に着いていた。いや,正確に書けば,羊への途。蝦が羊に化けた夜だった。
2007年11月15日木曜日
いそがしい?
14日はかねてより定期的に集まっている研究会に参加した。4年半前に東京から大阪にやってきたとき,学会などを通じて知っていたある先生に相談したところ,ゼミの出身者に呼びかけてくださり,私を含めて5人で始まった研究会。うち1人は半年もしないうちに,そしてもう1人も1年半前に異動のために抜け,このところ3人で集まっていた。私が半ば無理矢理に引き入れたもうひとりが今日から参加。かつては毎月やりくりしていたのだけれど,今日は実は夏以来初めてだった。
そのときに話題になったこと(私がしたのだけれど)のひとつが,以前にもこのブログで書いた中島先生の活動ぶりである。春にオーストラリアに行かれてからすでに7つ目の論文を執筆中とのこと。しかも論文以外の著作を別にしてである。日本にいるときにも定期的に論文を書かれてはいるが,多忙を極めていたのだろう,貯めていたデータを一気に出版しようという勢いである。
ずっと前,ある先生から頼まれた仕事を忙しいことを理由にお断りしようとして叱られたことがあった。忙しいのは当たり前だから,それを前提にして何をするかを考えなければならない。少なくとも仕事を断るのに忙しいことを理由にしてはならないというものであった。宜なるかなである。その先生も含めて,きちんと仕事を生産的にこなしている人たちは,本当にどこにそんな時間があるのかと思うような結果を残されている。対外的な仕事は削るわけにいかないから,削ることのできる睡眠時間がその資源なのだとか。私など真似しようとしてもできないスゴイ人たちである。
今日の研究会でもそんなことを嫌でも思い出してしまうことがあった。詳細については省くが,さすがに忙しいことを理由にしなくはなっても,低い生産性は相変わらずで,かつては十分に理解していたことさえ定かでなくなっており,肝心の実験や研究を疎かにしてしまっている自分を映し出す現実である。月に一度というのは頻度として決して高くはないけれど,何とか研究という本来の仕事に細々とでも自分を繋げる命綱として大切にしなければならないものなのである。
そのときに話題になったこと(私がしたのだけれど)のひとつが,以前にもこのブログで書いた中島先生の活動ぶりである。春にオーストラリアに行かれてからすでに7つ目の論文を執筆中とのこと。しかも論文以外の著作を別にしてである。日本にいるときにも定期的に論文を書かれてはいるが,多忙を極めていたのだろう,貯めていたデータを一気に出版しようという勢いである。
ずっと前,ある先生から頼まれた仕事を忙しいことを理由にお断りしようとして叱られたことがあった。忙しいのは当たり前だから,それを前提にして何をするかを考えなければならない。少なくとも仕事を断るのに忙しいことを理由にしてはならないというものであった。宜なるかなである。その先生も含めて,きちんと仕事を生産的にこなしている人たちは,本当にどこにそんな時間があるのかと思うような結果を残されている。対外的な仕事は削るわけにいかないから,削ることのできる睡眠時間がその資源なのだとか。私など真似しようとしてもできないスゴイ人たちである。
今日の研究会でもそんなことを嫌でも思い出してしまうことがあった。詳細については省くが,さすがに忙しいことを理由にしなくはなっても,低い生産性は相変わらずで,かつては十分に理解していたことさえ定かでなくなっており,肝心の実験や研究を疎かにしてしまっている自分を映し出す現実である。月に一度というのは頻度として決して高くはないけれど,何とか研究という本来の仕事に細々とでも自分を繋げる命綱として大切にしなければならないものなのである。
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