性格の2回目。自分に直接関わっていたり,きょうだいとの関係や親との関係など体験的に感じることができる内容であるためか,きょうは理論的な内容だったのだけれど,楽しんでもらえたみたい。
性格はおそらく心理学が扱っている数多くのテーマの中でも,きちんと理解しようとすると最も難しいものの1つだろう。というのは,自分が体験的に感じる内容と,心理学が明らかにしてきた内容とに,小さくないギャップがあるためである。あらためて言うまでもなく,血液型と性格の関わりについてはある調査研究によれば6割くらいの学生が何らかの関係があると「信じている」という。一方で心理学が明らかにしてきたのは,その関わりのなさと,バーナム効果に代表される,「なぜそんなことを信じてしまうのか」ということ。行動分析学の言葉を使えば,話題となっているところに参加できるという正の強化と,否定することがたとえば空気を読めないといった(これまた意味のない)反応によって正の罰を受けるという社会的な強化・罰によって制御されていると説明はできる。出生順位と性格,親の養育態度と性格,親の性格と子の性格などなど,日常的に問題にされることは枚挙にいとまはないが,さてうずたかく積み上げられてきた研究成果はと眺めてみると,結局ネガティブデータしかなさそうである。
たぶん,私たちが日常的に性格を考えるとこに重要なこと,とりわけ他者と関わる際に気をつけた方がよいのは,ステレオタイプ的な理解も含めて,その人の性格にレッテルを貼ってしまわないことなのかもしれない。
今年度から始めた学習記録(といっても,リアクションペーパーを順次綴じていくだけだけれど)をファイリングしてもらうために,バインダーとファスナー配布したりで,時間を取ってしまい,予定していた知能はホントにさわりだけとなった。そのため,授業で使ったファイルのアップロードはありません。
2010年4月21日水曜日
2010年4月14日水曜日
心理学(共通教育) 第2回 性格
きょうは,新版TEGの旧バージョンを実施して,心理学でどのように性格を測定しているのか,また心理学での性格の定義と理論(類型論まで)についてまとめた。
昨年秋学期の授業評価アンケートの結果について報告を受けた。とても残念な結果。残念というのは,すべての項目で,全体の平均値を大きく下回っていたのである。具体的に書いてくれたコメントや,リアクションペーパーに書かれていた内容からは,予測もしていなかったような結果である。これは事実だから受け入れるしかないのだけれど,さて,それではどうすれば学生が満足するような授業になるのか,ほとんど手がかりが得られないのも事実である。今年度から始めた学習記録で少しでも改善すればよいのだけれど・・・。
授業で使ったファイルは,左のリンクをたどってダウンロードできます。今回のアップは,来週の性格の分までしてしまっています。
ところで,性格検査を実施したときに必ず含まれる学生の反応に,「当たっている」というものがある。もし,「当たっている」と言えるなら,それは何か基準がなければならない。検査結果が妥当かどうかを判断する基準をすでに持っていることになる。もしそうなら,性格検査を実施することに意味がないということになる。尤も,こうした反応は,自分の性格についてのものだから,臨床現場などでクライエントの性格特徴を知るために実施するのとは意味が異なると言えなくもない。それでも,もし検査結果が自分が持っている基準と異なったとしても,それは「当たっていない」のでなく,自分自身が知らない側面をその結果が表現していると考えた方がよいのかもしれない。
昨年秋学期の授業評価アンケートの結果について報告を受けた。とても残念な結果。残念というのは,すべての項目で,全体の平均値を大きく下回っていたのである。具体的に書いてくれたコメントや,リアクションペーパーに書かれていた内容からは,予測もしていなかったような結果である。これは事実だから受け入れるしかないのだけれど,さて,それではどうすれば学生が満足するような授業になるのか,ほとんど手がかりが得られないのも事実である。今年度から始めた学習記録で少しでも改善すればよいのだけれど・・・。
授業で使ったファイルは,左のリンクをたどってダウンロードできます。今回のアップは,来週の性格の分までしてしまっています。
ところで,性格検査を実施したときに必ず含まれる学生の反応に,「当たっている」というものがある。もし,「当たっている」と言えるなら,それは何か基準がなければならない。検査結果が妥当かどうかを判断する基準をすでに持っていることになる。もしそうなら,性格検査を実施することに意味がないということになる。尤も,こうした反応は,自分の性格についてのものだから,臨床現場などでクライエントの性格特徴を知るために実施するのとは意味が異なると言えなくもない。それでも,もし検査結果が自分が持っている基準と異なったとしても,それは「当たっていない」のでなく,自分自身が知らない側面をその結果が表現していると考えた方がよいのかもしれない。
2010年4月9日金曜日
心理学(共通教育) 第1回 心理学とは何か
共通教育の心理学の1回目。いつものように,心理学とは何かというテーマ。今年度は,いつも高校生を対象とした模擬授業で行う「連想ゲーム」をやってみた。学生は楽しんでくれたみたい。
要するに,心理学(に限らないかもしれないが)は,一般に考えられているよりもずっと広いテーマを扱う学問であること,また,理系から文系までアプローチの仕方,研究方法も多様であることがわかってもらえれば十分である。
今年度から,リアクションペーパーを学習記録と名称変更して,必ず学生に返却することにした。毎回の授業で,おおよそ何がわかって,何が疑問として残ったかなどを,記録として残ればよいかと思ってのこと。うまくいけば,他の授業にも広げていけばよいかもしれない。
要するに,心理学(に限らないかもしれないが)は,一般に考えられているよりもずっと広いテーマを扱う学問であること,また,理系から文系までアプローチの仕方,研究方法も多様であることがわかってもらえれば十分である。
今年度から,リアクションペーパーを学習記録と名称変更して,必ず学生に返却することにした。毎回の授業で,おおよそ何がわかって,何が疑問として残ったかなどを,記録として残ればよいかと思ってのこと。うまくいけば,他の授業にも広げていけばよいかもしれない。
2009年1月14日水曜日
心理学(共通教育) 第12~13回 認知
きょうの授業では,まず授業評価アンケートを実施。そのあと来週以降の予定を確認して,記憶のテーマについて進めた。
いろいろなことがわかっていっても,結局今のところは記憶を定着させるためには反復して記銘すること,手がかりを系統立てるなりしてたくさん作って記銘すること程度しか,記憶力を高める方法はない。人間が日常的に行っている活動を説明して意味づける程度である。もちろん,それに意味がないわけではない。ただ,浦沢直樹のPlutoに出てくるように記憶のチップがロボットであれ使えれば,記憶の方略は大展開することになるが,そのときにはまたまた自由意志云々という議論が噴出しそうでもある。
来週のテストについての確認。開始時刻は13:00。範囲は,学習,知覚,認知の3つのテーマ。ただし,認知はきょう授業で扱ったところまでである。きょうのところまでのファイルをアップしてあるから,参考にしてほしい。形式は4択で20問。各2点で40点満点。ただし,フィフティ・フィフティを使って,2つに○をつけてもよいこととするが,その場合は正解しても1点である。つまり,2点か0点かという場合に1点でも確実に獲得したいという場合の方略として使ってもよいこととする。内容は基礎的な用語や概念をきちんと理解しているかどうかを確認するものである。配布したプリントで穴埋めとなっているところ(アップしたファイルでは違う色で表記されているところ)をきちんと勉強していれば難しくない問題のはず。
いろいろなことがわかっていっても,結局今のところは記憶を定着させるためには反復して記銘すること,手がかりを系統立てるなりしてたくさん作って記銘すること程度しか,記憶力を高める方法はない。人間が日常的に行っている活動を説明して意味づける程度である。もちろん,それに意味がないわけではない。ただ,浦沢直樹のPlutoに出てくるように記憶のチップがロボットであれ使えれば,記憶の方略は大展開することになるが,そのときにはまたまた自由意志云々という議論が噴出しそうでもある。
来週のテストについての確認。開始時刻は13:00。範囲は,学習,知覚,認知の3つのテーマ。ただし,認知はきょう授業で扱ったところまでである。きょうのところまでのファイルをアップしてあるから,参考にしてほしい。形式は4択で20問。各2点で40点満点。ただし,フィフティ・フィフティを使って,2つに○をつけてもよいこととするが,その場合は正解しても1点である。つまり,2点か0点かという場合に1点でも確実に獲得したいという場合の方略として使ってもよいこととする。内容は基礎的な用語や概念をきちんと理解しているかどうかを確認するものである。配布したプリントで穴埋めとなっているところ(アップしたファイルでは違う色で表記されているところ)をきちんと勉強していれば難しくない問題のはず。
2008年12月15日月曜日
心理学(共通教育) 第10~11回 知覚
いつも楽しんでもらえる知覚。現象として面白いけれど,それを説明するとなると難しい。難しいからこそ面白いところもあるのだけれど・・・。
まあ,心理学が,一般に考えられているようなものでなく,しかも面白いものだということを実感してもらいやすいテーマであることは確か。
だからというわけでもないが,11月に入ってから4回(そして明日もう1回予定されている)高校での模擬授業や進路相談などでも,自分は学習心理学が専門だというのに,その専門よりも,知覚の話を好んでする。それをとっかかりにして,心理学の基礎的な研究のおもしろさに目覚めてくれればこんな嬉しいことはない。
しかし,1番面白いのは,そのような自分でも気づいていないようなことをごくごく日常的に繰り返して,それをちょっと振り返っておもしろがったりする,人間そのものなのだけれど・・・。
まあ,心理学が,一般に考えられているようなものでなく,しかも面白いものだということを実感してもらいやすいテーマであることは確か。
だからというわけでもないが,11月に入ってから4回(そして明日もう1回予定されている)高校での模擬授業や進路相談などでも,自分は学習心理学が専門だというのに,その専門よりも,知覚の話を好んでする。それをとっかかりにして,心理学の基礎的な研究のおもしろさに目覚めてくれればこんな嬉しいことはない。
しかし,1番面白いのは,そのような自分でも気づいていないようなことをごくごく日常的に繰り返して,それをちょっと振り返っておもしろがったりする,人間そのものなのだけれど・・・。
2008年11月26日水曜日
心理学(共通教育) 第5~9回 発達・学習
第5回から第9回までの発達と学習のファイルを1度にアップしました。ファイルは発達のものと学習のものと別々になっています。
学習心理学者,しかもちょっと「古いタイプ」と分類されてしまうような学習心理学者である私にとって,発達や,次回以降に扱う感覚・知覚などのやはり「古典的な」心理学の領域がずっと継続的に維持されているのを横目に見つつ,学習心理学者を自称することに何となく気がひけてしまうような状況になってしまっているのは残念至極です。
発達と学習は,人間を形作る基礎的なふたつの過程であることに変わりはありません。ちょっと難しく書けば,Skinnerが言う3つの水準での「変異と選択」(このブログのタイトルそのままです)のうちの,系統発生あるいは種に働く水準として発達過程は人間が一般的にどのように年齢と共に発達していくかを記述するのに対して,発達をベースに,個体発生や行動に働く水準として学習過程は,ひとりひとりが経験・つまり環境との関わりによって変化していくかを記述的・予測的に「個性を形作る過程」としてあることに,基本的にかわりはありません。発達も学習もそれぞれが,(誤解を怖れずに言えば)表層的な人間のありようを扱う領域と違って,根本のところで人間を理解する視点であるために,心理学の中ではずっと中心的な位置を占めるものであるはずなのだとは思うのですが,最近の「学習」の軽視のされ方は何とも言いようがありません。これについては,別のところで触れた拙文もありますので,もし興味があればご一読いただければと思います(このリンクは2008年11月26日現在生きています)。
きょうはたまたま大島剛先生の発達心理学概論の授業で,表象をキーワードに,保存,頭足人,心の理論(これについてもまた議論はさまざま)といった,重要な概念について,概観していただいていた。私が扱った発達にせよ,学習にせよ,本当にそれは入口から2~3歩だけ足を踏み入れただけに過ぎなくて,じつはその先にこそ,本当に面白いことが待っていると言いたくなってしまうのはいつに変わらぬことである。ならば,最初からその先の面白いことを聴かせてくれと頼まれてもそれはできない相談。なぜならば,入口できちんと言葉や基本的な概念を理解していなければ,その先に待っているもっと面白いことはとても理解できないからなのです。意地悪という非難の声が聞こえそうですが,決して「意地悪」ではありません。
学習心理学者,しかもちょっと「古いタイプ」と分類されてしまうような学習心理学者である私にとって,発達や,次回以降に扱う感覚・知覚などのやはり「古典的な」心理学の領域がずっと継続的に維持されているのを横目に見つつ,学習心理学者を自称することに何となく気がひけてしまうような状況になってしまっているのは残念至極です。
発達と学習は,人間を形作る基礎的なふたつの過程であることに変わりはありません。ちょっと難しく書けば,Skinnerが言う3つの水準での「変異と選択」(このブログのタイトルそのままです)のうちの,系統発生あるいは種に働く水準として発達過程は人間が一般的にどのように年齢と共に発達していくかを記述するのに対して,発達をベースに,個体発生や行動に働く水準として学習過程は,ひとりひとりが経験・つまり環境との関わりによって変化していくかを記述的・予測的に「個性を形作る過程」としてあることに,基本的にかわりはありません。発達も学習もそれぞれが,(誤解を怖れずに言えば)表層的な人間のありようを扱う領域と違って,根本のところで人間を理解する視点であるために,心理学の中ではずっと中心的な位置を占めるものであるはずなのだとは思うのですが,最近の「学習」の軽視のされ方は何とも言いようがありません。これについては,別のところで触れた拙文もありますので,もし興味があればご一読いただければと思います(このリンクは2008年11月26日現在生きています)。
きょうはたまたま大島剛先生の発達心理学概論の授業で,表象をキーワードに,保存,頭足人,心の理論(これについてもまた議論はさまざま)といった,重要な概念について,概観していただいていた。私が扱った発達にせよ,学習にせよ,本当にそれは入口から2~3歩だけ足を踏み入れただけに過ぎなくて,じつはその先にこそ,本当に面白いことが待っていると言いたくなってしまうのはいつに変わらぬことである。ならば,最初からその先の面白いことを聴かせてくれと頼まれてもそれはできない相談。なぜならば,入口できちんと言葉や基本的な概念を理解していなければ,その先に待っているもっと面白いことはとても理解できないからなのです。意地悪という非難の声が聞こえそうですが,決して「意地悪」ではありません。
2008年10月24日金曜日
心理学(共通教育) 第4回 知能

駆け足で終わらせた知能。性格と同様に,一般に考えられているものとは異なるのだということがわかってもらいたいことの本質である。とりわけ,IQが頭の良し悪しを表現するものでなく,そもそも知能検査が開発された本来の目的が何であったかをきちんと理解することはとても重要なことである。
画像に示したグールドの「人間の測りまちがい」には「差別の科学史」という副題が添えられている。古生物学者,進化生物学者,そして科学史家であったグールドには,サヴァンの息子がいたことも,こうした痛烈な論評を加える一因となっていたのかもしれない。グールドの主張を全面的に肯定することができるかどうかは議論の分かれるところだろうが,性格や知能といった,人間を何らかの形で測定することが,その使われ方によっては,誤解や偏見を生む危険性があることを,心理学を学んだ学生にはきちんと理解して欲しい。
2008年10月16日木曜日
心理学(共通教育) 第3回 性格その2
いつも冗談のように言う話がある。夏は勉強するには暑すぎる。冬は寒すぎる。春と秋は勉強するには天気がよすぎる。きょうの授業時間などはその典型である。ちょうどおなかが大きくなって,外には秋の日差しが降り注ぎ,難しい話を聞くには暖かすぎる部屋の中・・・。
そのような状況で眠る学生と眠らないで話を聞く学生。さてそれは「性格」の違いによるものなのでしょうか???
私たちが,日常的にあの人は,この人はと,形容するとき,その説明の手段・視点は気ままなことが多い。性格はそのような行動を説明する手段・視点の代表的なものなのだろうが,上に挙げた例では,さてどれくらいの人が,それは「真面目な性格だから」「不真面目な性格だから」などと,性格によって説明しようとするのだろうか。おそらく多くの人が「部屋の中が暖かくて,ちょうどお昼ご飯の後で」といった状況によって説明するのではないだろうか。
そこには,このような状況だと「ふつうこうする」という行動であれば,性格でなく状況で,「ふつうこうする」という行動が思い当たらないときには,またそこで取り得る行動が多様であれば状況でなく性格で説明しようとしているのかもしれない。もしそうなら,その2つの手段・視点の境界線はどのあたりにあるのだろう。そしてそのような使い分けをどのようにして私たちは学習するのだろう。
ここに書いたことも,前回同様,何となく日常的に行っていることをきちんと説明しようとすると,けっこう難しいという話になってしまいそうである。きょうのリアクションベーバーにも,性格とかには興味があるけど,ちょっと難しいという反応が多く見られた。そこで,単に何かを教えてもらうのでなく,なんだか難しそうだけど面白そうだなと,自分で調べる,考えることをし始めてくれれば,こちらの思うつぼなのだけれど・・・。
前回,今回と2回分の性格についてのスライドをアップしました。左のLINKSの「 神戸親和 心理学 (共通教育)」からどうぞ。
それから授業で報告し忘れていて,きょうの授業の後で直接質問があったのだが,レポート・試験の選択については,後者の方が希望者が多いので,最後の授業(補講期間中になると思う)に試験することとしたい。これについては,来週の授業でアナウンスする予定である。
そのような状況で眠る学生と眠らないで話を聞く学生。さてそれは「性格」の違いによるものなのでしょうか???
私たちが,日常的にあの人は,この人はと,形容するとき,その説明の手段・視点は気ままなことが多い。性格はそのような行動を説明する手段・視点の代表的なものなのだろうが,上に挙げた例では,さてどれくらいの人が,それは「真面目な性格だから」「不真面目な性格だから」などと,性格によって説明しようとするのだろうか。おそらく多くの人が「部屋の中が暖かくて,ちょうどお昼ご飯の後で」といった状況によって説明するのではないだろうか。
そこには,このような状況だと「ふつうこうする」という行動であれば,性格でなく状況で,「ふつうこうする」という行動が思い当たらないときには,またそこで取り得る行動が多様であれば状況でなく性格で説明しようとしているのかもしれない。もしそうなら,その2つの手段・視点の境界線はどのあたりにあるのだろう。そしてそのような使い分けをどのようにして私たちは学習するのだろう。
ここに書いたことも,前回同様,何となく日常的に行っていることをきちんと説明しようとすると,けっこう難しいという話になってしまいそうである。きょうのリアクションベーバーにも,性格とかには興味があるけど,ちょっと難しいという反応が多く見られた。そこで,単に何かを教えてもらうのでなく,なんだか難しそうだけど面白そうだなと,自分で調べる,考えることをし始めてくれれば,こちらの思うつぼなのだけれど・・・。
前回,今回と2回分の性格についてのスライドをアップしました。左のLINKSの「 神戸親和 心理学 (共通教育)」からどうぞ。
それから授業で報告し忘れていて,きょうの授業の後で直接質問があったのだが,レポート・試験の選択については,後者の方が希望者が多いので,最後の授業(補講期間中になると思う)に試験することとしたい。これについては,来週の授業でアナウンスする予定である。
2008年10月8日水曜日
心理学(共通教育) 第2回 性格その1
性格はおそらく,臨床系の話と並んで,一般に最も心理学としてイメージされやすいものだろう。だから,いつのころからか,一般教育や概論などでまず最初に扱うようになった。多くの教科書には,知覚や認知,あるいは生理的な内容から始まることを承知の上である。
理由もいくつかある。まず,心理学のイメージに近いだけに,聞き手が入りやすいと感じること。次に,イメージだけでなく,多くの学生が関心を寄せているテーマであること。そして,これが最も大きい理由なのだけれど,そしてこのblogでも何度か書いてきたことなのだけれど,日常的にわかっていると感じていることをきちんと説明しようとすると,結構難しいことを,おそらく実感してもらいやすいとかんじるからである。
まあ,こんな書き方をしてしまうと,また難しい話になって・・・と,叱られそうだけれど・・・。
きょうの授業では古いバージョンのTEGを実施して,質問紙法でどのように性格を測定しているのかを体験してもらった。授業で使ったスライドは,次回一区切りついてから,あらためてアップする予定である。
理由もいくつかある。まず,心理学のイメージに近いだけに,聞き手が入りやすいと感じること。次に,イメージだけでなく,多くの学生が関心を寄せているテーマであること。そして,これが最も大きい理由なのだけれど,そしてこのblogでも何度か書いてきたことなのだけれど,日常的にわかっていると感じていることをきちんと説明しようとすると,結構難しいことを,おそらく実感してもらいやすいとかんじるからである。
まあ,こんな書き方をしてしまうと,また難しい話になって・・・と,叱られそうだけれど・・・。
きょうの授業では古いバージョンのTEGを実施して,質問紙法でどのように性格を測定しているのかを体験してもらった。授業で使ったスライドは,次回一区切りついてから,あらためてアップする予定である。
2008年9月30日火曜日
心理学(共通教育) 早速の休講
秋学期が始まるのを待っていたようにして台風がやってくる。先週金曜日は全日全学休講。明日もなんとなく怪しい雰囲気だが,それは別にしても早速休講しなければならなくなってしまった。校務とはいえごめんなさい。
共通教育科目の心理学第2回は,性格と知能の話の予定である。先週のリアクションペーパーを読ませてもらっても,いわゆる,「人の気持ち」について研究したり考えたりするのが心理学であるという,ごくごくまっとうなイメージを多くの学生が持っていることが分かる。「ごくごくまっとう」なのだけれど,前回のブログにも書いたように,それだけが心理学ではないのだよ,さらには,授業で話す機会もあるかもしれないが,行動や表情からその人の気持ちを知ることができるようにという,いわゆる読心術のようなものからは遠く離れたものだということをわかってもらわなければならない。そして,だからこそ面白いのだということも。
性格心理学については楽しみにしていた学生が少なくないようであるだけに,早速休講にしなければならなくなったことを申し訳なく思います。また,授業の中で予告できないままに休講することについてもお詫びしなければなりません。尤もdeprivationがかかって,より楽しいものになってくれればちょっとは申し訳になるかな?
共通教育科目の心理学第2回は,性格と知能の話の予定である。先週のリアクションペーパーを読ませてもらっても,いわゆる,「人の気持ち」について研究したり考えたりするのが心理学であるという,ごくごくまっとうなイメージを多くの学生が持っていることが分かる。「ごくごくまっとう」なのだけれど,前回のブログにも書いたように,それだけが心理学ではないのだよ,さらには,授業で話す機会もあるかもしれないが,行動や表情からその人の気持ちを知ることができるようにという,いわゆる読心術のようなものからは遠く離れたものだということをわかってもらわなければならない。そして,だからこそ面白いのだということも。
性格心理学については楽しみにしていた学生が少なくないようであるだけに,早速休講にしなければならなくなったことを申し訳なく思います。また,授業の中で予告できないままに休講することについてもお詫びしなければなりません。尤もdeprivationがかかって,より楽しいものになってくれればちょっとは申し訳になるかな?
2008年9月25日木曜日
心理学 (共通教育) 第1回 始まってしまいました
長いと思っていた夏休みも終わって,いつの間にか朝夕には秋風がたち始めています。親和も長かった夏休みから,月曜日に秋学期のスタートを迎えました。
驚いたのは受講生の数。200名を越える学生を前に話すのは久々のこと。前任校も親和も比較的こぢんまりとした大学だから,こんなに多くの受講生がいるのは稀である。どうやら児童教育学科の学生が春学期に時間割の関係で私の授業も,もうお一人の先生の授業も受講できずに,この時間に集中しているようである。
心理学の授業の最初は,心理学は一般に考えられているようなものと少し違いますよというのがメッセージである。だから,できれば自分の思いに囚われずに,ちょっと変じゃない?という内容であっても,まずは受け止めて聞いて欲しいというのが,もうひとつのメッセージ。そして,心理学はとても面白い,いろんなアプローチの複合体ですよというのが,それに続いていく。
そして,それぞれの内容が,来週以降の時間で語られるというわけである。
これから先もそうだけれど,授業で使ったファイルはpdfにして,アップします。左のLINKSの「神戸親和 心理学 (共通教育)」をクリックして,必要なファイルをダウンロードして下さい。
驚いたのは受講生の数。200名を越える学生を前に話すのは久々のこと。前任校も親和も比較的こぢんまりとした大学だから,こんなに多くの受講生がいるのは稀である。どうやら児童教育学科の学生が春学期に時間割の関係で私の授業も,もうお一人の先生の授業も受講できずに,この時間に集中しているようである。
心理学の授業の最初は,心理学は一般に考えられているようなものと少し違いますよというのがメッセージである。だから,できれば自分の思いに囚われずに,ちょっと変じゃない?という内容であっても,まずは受け止めて聞いて欲しいというのが,もうひとつのメッセージ。そして,心理学はとても面白い,いろんなアプローチの複合体ですよというのが,それに続いていく。
そして,それぞれの内容が,来週以降の時間で語られるというわけである。
これから先もそうだけれど,授業で使ったファイルはpdfにして,アップします。左のLINKSの「神戸親和 心理学 (共通教育)」をクリックして,必要なファイルをダウンロードして下さい。
2008年8月8日金曜日
心理学(共通教育) レポート締め切りました
0:58のタイムスタンプのあったメールを最後に心理学のレポート提出を締め切った。送信直後に受領のメールを返信できないために,届いていたかどうか不安に感じていた学生が若干いたことについて,申し訳なく思う。
ざっと眺めた限りでは,とても丁寧に書かれたものから(わたしも昔昔,その昔,ときどきそのようなレポートを書いた記憶があるが),時間に追われてやっつけ仕事になったものまで,例によって多種多様である。
心理学は,一般にイメージされるものと,アカデミックな場所で実際に行われている学問としての活動とのギャップが,大きいものの代表だと思う。記憶している学生がいるかどうか,授業の一番最初に,心とは何かを自由に書いてもらったが,そこで書かれていた内容と,今回の課題で書かれた内容との変化を知りたいのが,課題の目的である。もちろん,とりわけ心理学科の学生であれば,心理学関連の授業はこれだけではないから,その変化をもたらしたものはこの授業だけではないが,少なくともその原因の一つではあるはず。換言すれば,私の授業が学生にどのような変化をもたらしたのかを知りたいのである。そして,望むらくは,その変化が小さくないものであって欲しいのではあるけれど・・・。
ざっと眺めた限りでは,とても丁寧に書かれたものから(わたしも昔昔,その昔,ときどきそのようなレポートを書いた記憶があるが),時間に追われてやっつけ仕事になったものまで,例によって多種多様である。
心理学は,一般にイメージされるものと,アカデミックな場所で実際に行われている学問としての活動とのギャップが,大きいものの代表だと思う。記憶している学生がいるかどうか,授業の一番最初に,心とは何かを自由に書いてもらったが,そこで書かれていた内容と,今回の課題で書かれた内容との変化を知りたいのが,課題の目的である。もちろん,とりわけ心理学科の学生であれば,心理学関連の授業はこれだけではないから,その変化をもたらしたものはこの授業だけではないが,少なくともその原因の一つではあるはず。換言すれば,私の授業が学生にどのような変化をもたらしたのかを知りたいのである。そして,望むらくは,その変化が小さくないものであって欲しいのではあるけれど・・・。
2008年7月13日日曜日
心理学(共通教育) 第12, 13回 性格・知能
おそらく一般にイメージされる心理学の中核,性格。そのテーマと言うだけでなく,もうひとつの意味でも一般にイメージされる心理学の中核と言いたいのが,この性格(と,ついでに知能)。
誰もが知っていて,誰にもきちんと説明することのできない現象,事象,要因,何かという意味である。
おそらく誰もが親や友人や教員やetc.に,お前は○○な性格だから・・・とか××な性格だなあとか言われて育ってきた。そこで使われる日常的な意味での性格と,心理学で使われる意味での性格と,もちろん重なっている部分もあるが,そこから大きく逸脱している部分もある。とりわけ,日常的にはアプリオリに何らかの意味でわかっているものとして扱われているのに対して,心理学ではそれ自体が説明されるべき対象である。つまり,きちんとわかっていない。
前述の心理学の中核というのは,この意味である。すなわち,日常的に何となくわかって使われている事柄であるのに,心理学的にきちんと説明しようとすれば,さて何なんだろうと頭を傾げてしまう事象を心理学はとても沢山抱えている。その典型という意味である。
もうひとつ書いてしまえば,正確にいつの頃からか知らないが,Kretschmerを説明する教科書が欧米にはまず存在しないのに対して,日本の教科書では旧態依然としている。そもそも類型論的な理解を大学で教える必要があるとすれば,心理学史においてだろう。そのような現象,洋の東西で教えられる内容の隔絶は,私が学生であった頃が最後でない。1980年代にして,10年遅れていると言われていた,そのまま今に至っているのか。それともさらに周回遅れになってしまっているのか。もちろん,心理学でも最先端を走っている人たちが日本にも沢山いて,そのような人たちが10年遅れているわけでないことは急いで書き添えなければならないが・・・。
そして,肝心の内容。私たちは,性格や知能について,学生に今,何を教えなければならないのだろう。旧態依然とした授業をしながら,これまた教える側も首を傾げてしまわざるを得ない。
誰もが知っていて,誰にもきちんと説明することのできない現象,事象,要因,何かという意味である。
おそらく誰もが親や友人や教員やetc.に,お前は○○な性格だから・・・とか××な性格だなあとか言われて育ってきた。そこで使われる日常的な意味での性格と,心理学で使われる意味での性格と,もちろん重なっている部分もあるが,そこから大きく逸脱している部分もある。とりわけ,日常的にはアプリオリに何らかの意味でわかっているものとして扱われているのに対して,心理学ではそれ自体が説明されるべき対象である。つまり,きちんとわかっていない。
前述の心理学の中核というのは,この意味である。すなわち,日常的に何となくわかって使われている事柄であるのに,心理学的にきちんと説明しようとすれば,さて何なんだろうと頭を傾げてしまう事象を心理学はとても沢山抱えている。その典型という意味である。
もうひとつ書いてしまえば,正確にいつの頃からか知らないが,Kretschmerを説明する教科書が欧米にはまず存在しないのに対して,日本の教科書では旧態依然としている。そもそも類型論的な理解を大学で教える必要があるとすれば,心理学史においてだろう。そのような現象,洋の東西で教えられる内容の隔絶は,私が学生であった頃が最後でない。1980年代にして,10年遅れていると言われていた,そのまま今に至っているのか。それともさらに周回遅れになってしまっているのか。もちろん,心理学でも最先端を走っている人たちが日本にも沢山いて,そのような人たちが10年遅れているわけでないことは急いで書き添えなければならないが・・・。
そして,肝心の内容。私たちは,性格や知能について,学生に今,何を教えなければならないのだろう。旧態依然とした授業をしながら,これまた教える側も首を傾げてしまわざるを得ない。
2008年7月1日火曜日
心理学 レポート 過ちて改むるにはばかることなかれ
レポート提出の数が増えてきた。添付ファイルで提出されたものには,受領のメールを送っているが,ちょっと気にかかったことがあったので,ここに書いておく。明日の授業でも話すことになるとは思うが・・・。
気にかかったというのは,剽窃。ひょうせつと読む。他人が書いたものをそのまま無断で自分のものとして発表することである。つまり,盗みである。残念ながらそのようなレポートが提出されている。これは授業でも話したことだが,剽窃されたかどうかを調べるのはそれほど難しいことではない。今から時間に追われて,ネットからそのままコピペして提出するなどという安易な方法には決して頼らないでほしい。剽窃レポートは評価は0点である。すでに提出してしまったという学生は,締め切りまでは再提出してかまわない。自分の言葉で書いてほしい。前回が剽窃であったことで減点はしない。過ちて改むるにはばかることなかれ。
念のために書き添えるが,引用と剽窃は違うからね。
気にかかったというのは,剽窃。ひょうせつと読む。他人が書いたものをそのまま無断で自分のものとして発表することである。つまり,盗みである。残念ながらそのようなレポートが提出されている。これは授業でも話したことだが,剽窃されたかどうかを調べるのはそれほど難しいことではない。今から時間に追われて,ネットからそのままコピペして提出するなどという安易な方法には決して頼らないでほしい。剽窃レポートは評価は0点である。すでに提出してしまったという学生は,締め切りまでは再提出してかまわない。自分の言葉で書いてほしい。前回が剽窃であったことで減点はしない。過ちて改むるにはばかることなかれ。
念のために書き添えるが,引用と剽窃は違うからね。
2008年6月20日金曜日
心理学(共通教育) 第10, 11回 発達
先週,今週の2回で発達を終える。ピアジェもフロイトもハヴィガーストも省略しての発達の話。
発達とは何かという話から,発達段階の区分,発達初期から愛着,青年期から同一性,そして成年以降の発達課題,老年期の問題に言及して終了。
リアクションペーパーから印象的なものを授業でも紹介したがここにも書いておきたい。発達という言葉を聞くと,プラスの方向への変化しかイメージしないが,心理学ではマイナス方向への変化も含むことに驚いたというものや,私たちが日常的に使っている意味とは異なっていることに気づいたというもの。これは心理学のプロパーにもあることだが,使われている言葉がきちんと定義されているかどうかは重要である。また,日常的にも使われる言葉がそのまま心理学用語として流用されている場合には,心理学で意味する内容と日常的な意味との違いに気づかないままになってしまうことがあるだろう。それに気づいてくれた学生がいたことはとても嬉しいことだった。
行動分析学は言葉が難しいとよく言われる。日常的には使われることの少ない用語が行動分析学で使われているのか,その理由を考えてほしい。
さて,7月16日は休講。教室で連絡したとおり,7月30日の1限に補講する。
発達とは何かという話から,発達段階の区分,発達初期から愛着,青年期から同一性,そして成年以降の発達課題,老年期の問題に言及して終了。
リアクションペーパーから印象的なものを授業でも紹介したがここにも書いておきたい。発達という言葉を聞くと,プラスの方向への変化しかイメージしないが,心理学ではマイナス方向への変化も含むことに驚いたというものや,私たちが日常的に使っている意味とは異なっていることに気づいたというもの。これは心理学のプロパーにもあることだが,使われている言葉がきちんと定義されているかどうかは重要である。また,日常的にも使われる言葉がそのまま心理学用語として流用されている場合には,心理学で意味する内容と日常的な意味との違いに気づかないままになってしまうことがあるだろう。それに気づいてくれた学生がいたことはとても嬉しいことだった。
行動分析学は言葉が難しいとよく言われる。日常的には使われることの少ない用語が行動分析学で使われているのか,その理由を考えてほしい。
さて,7月16日は休講。教室で連絡したとおり,7月30日の1限に補講する。
2008年6月13日金曜日
心理学レポート参考文献
レポート作成のための参考文献を紹介する。
1回生のしかも共通教育のための授業だから,図書館などにある一般教養の教科書の該当する章を適宜読んでもらうだけでもよいが,もっと勉強したい学生のために,比較的入手しやすそうなものを選んだ。図書館にあるものが含まれているが,ここでは特定しない。各自で調べてほしい。
A. 知覚・錯視
北岡明佳 (2007). だまされる視覚 化学同人
馬場雄二・田中康博 (2004). 試してナットク!錯視図典 講談社
藤田 一郎 (2007). 「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる 化学同人
フリスビー, J.P. (1982). シーイング 誠信書房
後藤倬男・田中平八編 (2006). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会
山口 真美 (2005). 視覚世界の謎に迫る―脳と視覚の実験心理学 講談社ブルーバックス
B. 記憶
池谷裕二 (2001). だれでも天才になれる脳の仕組みと科学的勉強法 ライオン社
池谷裕二 (2001). 記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 講談社ブルーバックス
池谷裕二 (2007). 進化しすぎた脳 講談社ブル-バックス
池谷裕二・糸井重里(2005). 海馬―脳は疲れない 新潮文庫
マッガウ, L.J., 久保田競・大石高生(訳) (2006). 記憶と情動の脳科学 講談社ブルーバックス
高橋雅延 (1999). 記憶のふしぎがわかる心理学 日本実業出版社
C. 学習
伊藤正人(2005). 行動と学習の心理学 昭和堂
実森正子・中島定彦 (2000). 学習の心理 サイエンス社
久美沙織(2003). 人生思い通りにコトを運ぶ法 三笠書房
小野浩一(2005). 行動の基礎 豊かな人間理解のために 培風館
杉山尚子(2005). 行動分析学入門: ヒトの行動の思いがけない理由 集英社新書
渡辺芳之・佐藤達哉 (2000). 図解心理学のことが面白いほどわかる本―本当のことがホントにわかる! 中経出版
1回生のしかも共通教育のための授業だから,図書館などにある一般教養の教科書の該当する章を適宜読んでもらうだけでもよいが,もっと勉強したい学生のために,比較的入手しやすそうなものを選んだ。図書館にあるものが含まれているが,ここでは特定しない。各自で調べてほしい。
A. 知覚・錯視
北岡明佳 (2007). だまされる視覚 化学同人
馬場雄二・田中康博 (2004). 試してナットク!錯視図典 講談社
藤田 一郎 (2007). 「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる 化学同人
フリスビー, J.P. (1982). シーイング 誠信書房
後藤倬男・田中平八編 (2006). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会
山口 真美 (2005). 視覚世界の謎に迫る―脳と視覚の実験心理学 講談社ブルーバックス
B. 記憶
池谷裕二 (2001). だれでも天才になれる脳の仕組みと科学的勉強法 ライオン社
池谷裕二 (2001). 記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 講談社ブルーバックス
池谷裕二 (2007). 進化しすぎた脳 講談社ブル-バックス
池谷裕二・糸井重里(2005). 海馬―脳は疲れない 新潮文庫
マッガウ, L.J., 久保田競・大石高生(訳) (2006). 記憶と情動の脳科学 講談社ブルーバックス
高橋雅延 (1999). 記憶のふしぎがわかる心理学 日本実業出版社
C. 学習
伊藤正人(2005). 行動と学習の心理学 昭和堂
実森正子・中島定彦 (2000). 学習の心理 サイエンス社
久美沙織(2003). 人生思い通りにコトを運ぶ法 三笠書房
小野浩一(2005). 行動の基礎 豊かな人間理解のために 培風館
杉山尚子(2005). 行動分析学入門: ヒトの行動の思いがけない理由 集英社新書
渡辺芳之・佐藤達哉 (2000). 図解心理学のことが面白いほどわかる本―本当のことがホントにわかる! 中経出版
2008年6月4日水曜日
心理学(共通教育) 第9回 学習・行動その3
パヴロフ型,オペラントをそれぞれ1日で終わらせる。きょうのオペラント条件づけでは,日常的な行動を例示しながら,強化と罰の概念を十分に理解してもらうことが目的である。ここでも通常の教科書に書かれているようなラットの話もハトの話もほとんどしないまま。
このところ,フロアに出かけて学生の意見を聞きながら授業を進めるようにしている。つい最近(実感とすればもうずいぶん昔のような気がする)の教育実習の見学で感じた,学生を参加させる授業をという試みのひとつである。ただし,マイクを向けられることが苦手な学生には,ひとこと「パス」と言ってもらうだけお願いしている。私の印象とすれば,それほど悪くないのだが,さて,学生ひとりひとりがどのように感じているのだろうか・・・。
松陰の学習でも書いているが,条件づけの言葉は,人間を含む生体の行動を科学的に説明するためものであり,その言葉で書かれた知見を応用することで,困った人たちや困った状況を解決したり,解決の手助けをするためものである。科学的にものを考えることが好きな学生や将来的に臨床や応用的な仕事をしたいと考えている学生は言うに及ばず,日常生活での自分の行動を振り返ったり,より適応的な行動を獲得するためのひとつの方法論である,学習心理学・行動分析学に興味を持ってもらえればとてもとてもうれしい。
きょう,授業内レポートのアナウンスをした。きょう欠席していた学生は,心理学のページにアップしてあるファイルで内容を確認してほしい。また,授業の後で,手書きで提出したいのだが,いわゆるレポート用紙(罫線の印刷されている市販のもの)を使ってもよいかという質問があった。またメールでB5サイズの用紙を使ってはいけないかという問い合わせがあった。A4版であれば罫線が入っていても構わない。ただ,大学でレポート,やがて卒業論文を書くときに,ワープロを使わないことはもう考えにくい。自宅にはパソコンがないとか,あったとしても自分が専用で使うことができにくいといった事情があるだろうが,ワープロを使うことをぜひぜひ薦めたい。
このところ,フロアに出かけて学生の意見を聞きながら授業を進めるようにしている。つい最近(実感とすればもうずいぶん昔のような気がする)の教育実習の見学で感じた,学生を参加させる授業をという試みのひとつである。ただし,マイクを向けられることが苦手な学生には,ひとこと「パス」と言ってもらうだけお願いしている。私の印象とすれば,それほど悪くないのだが,さて,学生ひとりひとりがどのように感じているのだろうか・・・。
松陰の学習でも書いているが,条件づけの言葉は,人間を含む生体の行動を科学的に説明するためものであり,その言葉で書かれた知見を応用することで,困った人たちや困った状況を解決したり,解決の手助けをするためものである。科学的にものを考えることが好きな学生や将来的に臨床や応用的な仕事をしたいと考えている学生は言うに及ばず,日常生活での自分の行動を振り返ったり,より適応的な行動を獲得するためのひとつの方法論である,学習心理学・行動分析学に興味を持ってもらえればとてもとてもうれしい。
きょう,授業内レポートのアナウンスをした。きょう欠席していた学生は,心理学のページにアップしてあるファイルで内容を確認してほしい。また,授業の後で,手書きで提出したいのだが,いわゆるレポート用紙(罫線の印刷されている市販のもの)を使ってもよいかという質問があった。またメールでB5サイズの用紙を使ってはいけないかという問い合わせがあった。A4版であれば罫線が入っていても構わない。ただ,大学でレポート,やがて卒業論文を書くときに,ワープロを使わないことはもう考えにくい。自宅にはパソコンがないとか,あったとしても自分が専用で使うことができにくいといった事情があるだろうが,ワープロを使うことをぜひぜひ薦めたい。
2008年5月31日土曜日
心理学(共通教育) 第8回 学習・行動その2
学習・行動の2回目というか,パヴロフ型条件づけの概観。獲得と消去でいっぱいいっぱいである。
今回話したような,また松蔭で話しているような,誰かを好きになるひとつのパターンでパヴロフ型を説明し始めたのはもう数年前になる。イヌの話でパヴロフ型,ラットやハトでオペラントのそれぞれ典型的な実験を紹介して,それを説明するために条件づけの言葉を用いると,学習心理学はヒトのことでなくて動物の話だと誤解してしまう学生が多くいるように感じられた(データはないが)のがそもそものきっかけである。けれども,昨年あたりから気づいたのは(そしてたぶん以前にもこのブログのどこかに書いたが),今度はパヴロフ型とは,誰かのことを好きになることと理解してしまう学生が少なからずいた。
学習心理学が日常的な人間の行動を説明するのに有効な手段であるばかりか,さまざまな応用場面においても人間を見つめる一つの視点を与えてくれる強い武器であることが伝えるというのが,まずは目標なのである。
今回話したような,また松蔭で話しているような,誰かを好きになるひとつのパターンでパヴロフ型を説明し始めたのはもう数年前になる。イヌの話でパヴロフ型,ラットやハトでオペラントのそれぞれ典型的な実験を紹介して,それを説明するために条件づけの言葉を用いると,学習心理学はヒトのことでなくて動物の話だと誤解してしまう学生が多くいるように感じられた(データはないが)のがそもそものきっかけである。けれども,昨年あたりから気づいたのは(そしてたぶん以前にもこのブログのどこかに書いたが),今度はパヴロフ型とは,誰かのことを好きになることと理解してしまう学生が少なからずいた。
学習心理学が日常的な人間の行動を説明するのに有効な手段であるばかりか,さまざまな応用場面においても人間を見つめる一つの視点を与えてくれる強い武器であることが伝えるというのが,まずは目標なのである。
2008年5月21日水曜日
心理学(共通教育) 第7回 認知その4, 学習・行動その1
第7回目でようやく学習に半歩足を踏み入れたところ。第7回というと,シラバスでは学習が終わっていなければならない段階。白状すれば,前任校では心理学は通年の科目だったため,どうしてもそんなペースになってしまいがちなのである。共通教育,一般教養としての心理学は,単に心理学を概観するだけでなく,とてもとてもおもしろい(独立しているように見える各領域が有機的に関わり合っていたりする)。そのおもしろさがわかるには,各領域を単に概観するだけでは不十分なような気がするのである。
かといって,シラバス通りに進んでいないのはルール違反。2週で1領域から1.5週で1領域というような形にしないと,おもしろさを云々する以前の話になってしまいかねない。
もうひとつ申し訳なく思うことは,リアクションペーパーのひとつひとつにきちんと回答や言及できないことである。最近聞いた話では,私の知り合いの先生は300人を越える受講生に毎回記名式でリアクションペーパーを書かせて,その翌週にひとりひとりにコメントを添えて返却しているとか。私の授業では,自由に内容を書いてもらうために,コメントを添えることができないでいる。何かよいアイディアがあればよいけれど・・・。たとえば,このブログ以外のサイトを準備して,そこにコメントを載せるとか・・・。
きょうの授業のまとめを最後に。長期記憶の分類と人間の行動のほとんどは学習行動であることこの2点が理解できればOK。
ちなみに,授業の中で言及したMortyはこちらから。
かといって,シラバス通りに進んでいないのはルール違反。2週で1領域から1.5週で1領域というような形にしないと,おもしろさを云々する以前の話になってしまいかねない。
もうひとつ申し訳なく思うことは,リアクションペーパーのひとつひとつにきちんと回答や言及できないことである。最近聞いた話では,私の知り合いの先生は300人を越える受講生に毎回記名式でリアクションペーパーを書かせて,その翌週にひとりひとりにコメントを添えて返却しているとか。私の授業では,自由に内容を書いてもらうために,コメントを添えることができないでいる。何かよいアイディアがあればよいけれど・・・。たとえば,このブログ以外のサイトを準備して,そこにコメントを載せるとか・・・。
きょうの授業のまとめを最後に。長期記憶の分類と人間の行動のほとんどは学習行動であることこの2点が理解できればOK。
ちなみに,授業の中で言及したMortyはこちらから。
2008年5月15日木曜日
心理学(共通教育) 第6回 認知その3

この日から学習心理学の予定が遅れてまだ記憶が終わらず。記憶だけで1回半程度かかってしまっている。来週HM症例をベースとした長期記憶の分類から学習心理学に入る予定。
ハノイの塔の例は,図にあるパズル(Eduardo Lucasというフランスの数学者によって1883年に開発された)をHMという海馬摘出手術を受けたある患者が,その後選択的な記憶障害を発症したことを典型的に示す話である。そのパズルをやったこと,そのパズルをやるときに会った人などについては記憶に定着することはなかったものの,パズルのやり方はうまくなった(学習した)のである。ここから,記憶にはいくつかのタイプがあることなどが示唆される。その具体的内容については来週扱う。
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