2月2日(月)23時で「一応」レポート提出を締め切りました。
「一応」と書いたのは,減点になりますが,これから提出したものも受け取るということです。何を今更なのですが,感情,行動療法の2つのテーマについてのファイルをアップしないままでいたことに気づきました。先ほどアップしました。また,レポートのテーマについてのファイルもアップしました。
まだもう少しテストやレポートも残っているかと思います。もう一息,身体に気をつけて頑張って下さい。
2009年2月1日日曜日
2009年1月8日木曜日
学習心理学Ⅱ レポート締め切りました
23時でレポートの受付を締め切りました。
ざっと見た限りでは,2枚以上書いている学生はそれほど多くありません。
また,このレポートのフィードバックが欲しいというコメントがありました。
今回は申し訳ありませんが,個別のフィードバックでなく,授業内,または
このブログでフィードバックをさせていただければと思っています。
ざっと見た限りでは,2枚以上書いている学生はそれほど多くありません。
また,このレポートのフィードバックが欲しいというコメントがありました。
今回は申し訳ありませんが,個別のフィードバックでなく,授業内,または
このブログでフィードバックをさせていただければと思っています。
2008年12月15日月曜日
学習心理学Ⅱ 第11回 社会的行動
選択行動の前に,社会的行動を扱う。言語行動のエコーイックとの関連が高いと考えたためである。リアクションベーバーによれば,むしろ,Banduraのボボ人形の実験の方がインパクトがあったみたい。子どもたちに,そのようなビデオを見せることの影響を考えると,R12とかR15とかの必要性がわかると書いた学生もいた。
善悪や倫理的な感覚についても,学習が大きな役割を果たしていることに,これとの関連で気づいてくれればとも思う。何がよいことで,何がよくないことで,何が社会的に受け入れられることで,何がそうでないかといった,獲得してしまった後では,当然と感じてしまう,そして言語的にも説明することの難しいこうした感覚も,辿ってみれば,学習によっていることに気づいてもらえると思う。
ずっと更新していなかったために,授業で使ったファイルのアップも滞っていました。12月11日の授業で配布した授業内レポートについての説明もアップしました。レポート課題については,当日配布した手書きのものと異なっていますが,内容は同一です。
善悪や倫理的な感覚についても,学習が大きな役割を果たしていることに,これとの関連で気づいてくれればとも思う。何がよいことで,何がよくないことで,何が社会的に受け入れられることで,何がそうでないかといった,獲得してしまった後では,当然と感じてしまう,そして言語的にも説明することの難しいこうした感覚も,辿ってみれば,学習によっていることに気づいてもらえると思う。
ずっと更新していなかったために,授業で使ったファイルのアップも滞っていました。12月11日の授業で配布した授業内レポートについての説明もアップしました。レポート課題については,当日配布した手書きのものと異なっていますが,内容は同一です。
2008年12月10日水曜日
学習心理学Ⅱ第9,10回 言語行動・ルール支配行動
11月27日と12月4日の2回で,言語行動とそれに関連するルール支配行動を扱った。
言語行動は一般的に,ヒトに特有のものと考えられることが多いが,いわゆる文字言語を含めて,他者とのコミュニケーションがその機能の中心であることを考えたとき,特有でなくなることに気づくことはそれほど難しくないだろう。たとえばアイヌ民族のように,ヒトであっても文字言語を持たない文化がある一方で,ミツバチやイルカなどのように他個体に情報を伝える方法を持っている動物がいることもよく知られている。
行動分析学から言語行動を見つめたときの何よりの特徴は,言語行動も他の一般の行動と同様に(ということは,ラットがレバーを押したりハトがキーをつついたりするのと同様に),獲得され,維持され,抑制されるということである。マンド,タクト,エコーイックと分類される獲得・維持過程だけでなく,そうした言語行動を分析することによって,操作的に「意識」の分析ができるということである。
言語行動は一般的に,ヒトに特有のものと考えられることが多いが,いわゆる文字言語を含めて,他者とのコミュニケーションがその機能の中心であることを考えたとき,特有でなくなることに気づくことはそれほど難しくないだろう。たとえばアイヌ民族のように,ヒトであっても文字言語を持たない文化がある一方で,ミツバチやイルカなどのように他個体に情報を伝える方法を持っている動物がいることもよく知られている。
行動分析学から言語行動を見つめたときの何よりの特徴は,言語行動も他の一般の行動と同様に(ということは,ラットがレバーを押したりハトがキーをつついたりするのと同様に),獲得され,維持され,抑制されるということである。マンド,タクト,エコーイックと分類される獲得・維持過程だけでなく,そうした言語行動を分析することによって,操作的に「意識」の分析ができるということである。
2008年11月26日水曜日
学習心理学Ⅱ第5~8回 弁別刺激・刺激性制御
学習心理学の方も,このブログで触れるのは久々になってしまった。この間,小テストの実施,11月初旬には私の都合で休講もあった。とりあえず,この間に授業で扱った,弁部刺激または三項強化随伴性と,刺激性制御のファイルを挙げておく。
11月13日に第1回小テストを実施した。そしてその翌週20日に返却し,解説した。この解説と個別対応のために時間がかかってしまい,予定していた授業内容に進めなかったことについては,私の対応のまずさが原因と,反省している。
11月13日に第1回小テストを実施した。そしてその翌週20日に返却し,解説した。この解説と個別対応のために時間がかかってしまい,予定していた授業内容に進めなかったことについては,私の対応のまずさが原因と,反省している。
2008年10月24日金曜日
学習心理学Ⅱ第4回 阻止の随伴性(復習)・2つの条件づけ
リアクションベーバーにあった随伴性についての説明をしていたら,今日の予定まで届かず。それでも,復習ができてよかったというコメントが多数あった。また,ハトのTURN/ PECKの弁別,スキナーによるハトの回転行動のシェイピングのビデオなどに面白かった,驚いたなどのコメントもまた多かった。話を聞くだけでなく,こうしたビデオには予想以上の反応がある。
しかし,随伴性を説明していると,自分もきちんと理解できていないことや気づかずにいたことがわかってくる。きょうの随伴性の例でも,何が好子か嫌子かは全く個人的なことだから,単にある状況でこんな行動をしたらこうなったというだけでは,その行動が強化されたのか弱化されたのかすらわからないことがある。また,単一の随伴性でなく,同一の行動に複数の随伴性が働いていることもよくある。こうしたことは,ちょっと考えてみれば当たり前なのだが,新しく学ぼうとする学生には理解を妨げる要因となっていることにあらためて気づかされてしまう。
来週の授業で再度再度簡単な復習をする予定だが,そこで記述されている日常的な行動を行動随伴性で理解するポイントは以下の4点である。
まず,ターゲットとなっている(扱うべき)行動を特定する。
その行動が,その随伴性によって生じやすくなるか(強化),生じにくくなるか(弱化)を判断する。
その行動が生じたときに,直前条件・直後条件の変化があり,生じないときにはその変化がないか(反応強化子随伴性),それとも,その行動が生じたときには変化がなく,生じないときに変化があるか(阻止の随伴性)を判断する。
強化や弱化を生んでいる好子,嫌子を特定する。
この4点は,授業で何度も扱っている直前条件,行動,直後条件のダイアグラムでより視覚的に捉えることができるだろう。
授業でも予告したが,再来週(第6回)に小テストを実施する予定である。成績への反映は20%。20点満点で評価する予定である。
しかし,随伴性を説明していると,自分もきちんと理解できていないことや気づかずにいたことがわかってくる。きょうの随伴性の例でも,何が好子か嫌子かは全く個人的なことだから,単にある状況でこんな行動をしたらこうなったというだけでは,その行動が強化されたのか弱化されたのかすらわからないことがある。また,単一の随伴性でなく,同一の行動に複数の随伴性が働いていることもよくある。こうしたことは,ちょっと考えてみれば当たり前なのだが,新しく学ぼうとする学生には理解を妨げる要因となっていることにあらためて気づかされてしまう。
来週の授業で再度再度簡単な復習をする予定だが,そこで記述されている日常的な行動を行動随伴性で理解するポイントは以下の4点である。
まず,ターゲットとなっている(扱うべき)行動を特定する。
その行動が,その随伴性によって生じやすくなるか(強化),生じにくくなるか(弱化)を判断する。
その行動が生じたときに,直前条件・直後条件の変化があり,生じないときにはその変化がないか(反応強化子随伴性),それとも,その行動が生じたときには変化がなく,生じないときに変化があるか(阻止の随伴性)を判断する。
強化や弱化を生んでいる好子,嫌子を特定する。
この4点は,授業で何度も扱っている直前条件,行動,直後条件のダイアグラムでより視覚的に捉えることができるだろう。
授業でも予告したが,再来週(第6回)に小テストを実施する予定である。成績への反映は20%。20点満点で評価する予定である。
2008年10月16日木曜日
学習心理学Ⅱ第3回 阻止の随伴性・2つの条件づけ
きょうもつくづく感じた,ホントに授業中に発言することが苦手な学生が多いのだなということ。きっと発言するのが嫌でマイクをどんどん渡してしまっていたのだろうと思いつつも,ちょっと苦言を呈してしまった。レスポンデントとオペラントの区別,しかも比較的曖昧で両方が関わっているようには見えない例で「わからない」を意味するマイクのパスが連発してしまったために。わかっていたのに発言しない理由もわからないではないのだけれど,そうした社会的な随伴性,しかも後々学ぶルールに近いような随伴性によって制御されていることの空しさ?を理解して(しかもその場合は嫌悪統制だ),より正の強化で自分を解放して欲しいとつくづく思う。
きょうのアンケート(発言,リアクションベーバーのよいコメントへの加点)でも,発言に加点することには消極的な学生が多く(発言したくても苦手に感じるというのがその主だった理由),コメントについては比較的積極的な学生が多かった。中学,高校までにどのような社会的随伴性が働いていたのだろう,そして今も働いているのだろうと,何だか胸が苦しくなる。受動回避的な随伴性(つまりは正の弱化,そしてルール支配)が強くなければよいけれど。
さて,先週の約束通り,阻止の随伴性のファイルをアップしました。左の「神戸松蔭 学習心理学Ⅱファイル」をクリックして,ダウンロードして下さい。
きょうのアンケート(発言,リアクションベーバーのよいコメントへの加点)でも,発言に加点することには消極的な学生が多く(発言したくても苦手に感じるというのがその主だった理由),コメントについては比較的積極的な学生が多かった。中学,高校までにどのような社会的随伴性が働いていたのだろう,そして今も働いているのだろうと,何だか胸が苦しくなる。受動回避的な随伴性(つまりは正の弱化,そしてルール支配)が強くなければよいけれど。
さて,先週の約束通り,阻止の随伴性のファイルをアップしました。左の「神戸松蔭 学習心理学Ⅱファイル」をクリックして,ダウンロードして下さい。
2008年10月10日金曜日
学習心理学Ⅱ第2回 阻止の随伴性
前期の授業アンケートから,十分に理解ができていない可能性を考えて,当初の予定を変更して,阻止の随伴性から始める。
若干名,この話が一番難しく感じたというリアクションペーパーもあったが,おおむね,前期の復習をふまえて,自分たちで考える時間を作った試みは,多くの学生にとっては,好ましい方法だったように感じられる。中には,私の日常生活では,阻止の随伴性によって説明できるものがとても多いように感じたといった反応も見られた。日本的な文化の特徴である気配りのようなものは,阻止の随伴性とルール支配によって説明できるのではないかと考えているが,そのような印象を持った学生も少なからずいたようである。
授業評価の扱いは難しいが,今回の学習心理学Ⅰでの反応は,少なくとも前期と同じやり方で同じように進めてしまうと,前期をふまえた内容であるだけに,その結果が望ましくないものになるということが,容易に予想できる。そして,授業評価をもらえていなかったら,そのようになってしまっていたかもしれない。話す側,参加する側の双方が,少しでも満足できるように変えていくきっかけとヒントを与えてくれたものと考えたい。
この日に扱ったスライドは,阻止の随伴性が終わってからアップする予定である。
若干名,この話が一番難しく感じたというリアクションペーパーもあったが,おおむね,前期の復習をふまえて,自分たちで考える時間を作った試みは,多くの学生にとっては,好ましい方法だったように感じられる。中には,私の日常生活では,阻止の随伴性によって説明できるものがとても多いように感じたといった反応も見られた。日本的な文化の特徴である気配りのようなものは,阻止の随伴性とルール支配によって説明できるのではないかと考えているが,そのような印象を持った学生も少なからずいたようである。
授業評価の扱いは難しいが,今回の学習心理学Ⅰでの反応は,少なくとも前期と同じやり方で同じように進めてしまうと,前期をふまえた内容であるだけに,その結果が望ましくないものになるということが,容易に予想できる。そして,授業評価をもらえていなかったら,そのようになってしまっていたかもしれない。話す側,参加する側の双方が,少しでも満足できるように変えていくきっかけとヒントを与えてくれたものと考えたい。
この日に扱ったスライドは,阻止の随伴性が終わってからアップする予定である。
2008年10月7日火曜日
学習心理学Ⅱ 第1回 オリエンテーション
松蔭も10月2日から後期の開講。きょうは,前期のまとめと今期のオリエンテーションで早めに終了する。
前期の授業評価がメールボックスに入っていて,ざっと目を通したが,予想以上に厳しい評価だった。難しい,意味が分からないといったコメントが並んでいる。またほとんどの評価項目で平均値を望ましい項目では下回り,望ましくない評価項目では上回った。とりわけ,難易度の評定は,平均値を大きく上回っていた。
それでも,これらの評価をそのまま受け取るのに保留したい理由がふたつある。
ひとつは,きょうの授業の学生の受講態度である。前期あれほど苦慮した私語がきょうはほとんどなかった。それがなぜなのかがわからない。そしてこうした受講態度が継続することで,少なくとも前期のような不幸な状況になることはないと楽観したいためである。
もうひとつの理由,そしてより大きな理由は,こうした評価が,これほど厳しい評価はなかった昨年度から,授業内容も方法もほとんど変化がなかったことである。つまり,ほぼ同じ内容の授業をほぼ同じような方法で授業をして,授業評価だけが大きく変化したと言うことである。
その変化の責任を学生の側にその責任を押しつけてしまうのは,けれども,あまりに安易にすぎるだろう。むしろ,この授業の中で,教員と学生との関係が(他人事みたいな書き方になってしまうのを許して欲しい),悪い方向に動いてしまったのを,止められなかったのは私の責任だと受け止めたい。そして,そのような望ましくない関係から,このような厳しい評価が下されたと考えるのが,おそらくは最も妥当な判断なのだろう。
そう考えると,今日の授業が静かに進んだのは悪くない兆候ではある。ただ,後期の内容はあくまでも前期の内容をふまえた上,理解した上でしか,成立しない議論なのである。復習の時間を予定より長く割くことで,また,いくつかの現在考えている授業方法の変更で,何とか後期の授業が望ましい方向に進むようにと考えている。
前期の授業評価がメールボックスに入っていて,ざっと目を通したが,予想以上に厳しい評価だった。難しい,意味が分からないといったコメントが並んでいる。またほとんどの評価項目で平均値を望ましい項目では下回り,望ましくない評価項目では上回った。とりわけ,難易度の評定は,平均値を大きく上回っていた。
それでも,これらの評価をそのまま受け取るのに保留したい理由がふたつある。
ひとつは,きょうの授業の学生の受講態度である。前期あれほど苦慮した私語がきょうはほとんどなかった。それがなぜなのかがわからない。そしてこうした受講態度が継続することで,少なくとも前期のような不幸な状況になることはないと楽観したいためである。
もうひとつの理由,そしてより大きな理由は,こうした評価が,これほど厳しい評価はなかった昨年度から,授業内容も方法もほとんど変化がなかったことである。つまり,ほぼ同じ内容の授業をほぼ同じような方法で授業をして,授業評価だけが大きく変化したと言うことである。
その変化の責任を学生の側にその責任を押しつけてしまうのは,けれども,あまりに安易にすぎるだろう。むしろ,この授業の中で,教員と学生との関係が(他人事みたいな書き方になってしまうのを許して欲しい),悪い方向に動いてしまったのを,止められなかったのは私の責任だと受け止めたい。そして,そのような望ましくない関係から,このような厳しい評価が下されたと考えるのが,おそらくは最も妥当な判断なのだろう。
そう考えると,今日の授業が静かに進んだのは悪くない兆候ではある。ただ,後期の内容はあくまでも前期の内容をふまえた上,理解した上でしか,成立しない議論なのである。復習の時間を予定より長く割くことで,また,いくつかの現在考えている授業方法の変更で,何とか後期の授業が望ましい方向に進むようにと考えている。
2008年8月4日月曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ レポート締め切りました

0:58のタイムスタンプのレポートを最後にレポート提出を締め切った。私の不注意で何度も確認メールを催促しなければならなかった方には,この場を借りてお詫びしたい。
さて,レポートの内容は,これはいつもそうだが,自分なりの考え方をまとめたものから,いくつかのページをそのままつぎはぎしたものまで様々である。後者については,文の表現が途中で変わっていたり,その他の理由で一見して,剽窃したものであることがわかる場合が多い。ちょっと怪しいなと思ったら,一つの文章を検索すれば,そのまま引用した(この場合は剽窃だが)ページがわかる。同じ使うにしても,引用を明示するなどすればよいのにと思うことしきりである。
感想にもいろいろと貴重なものがあった。私語に対する思いや,大学生のあり方に言及したもの,比較的否定的なものが多くあったのは,サンプリングの偏りなのだろうとは思う。ただ,今の大学は昔の大学ではない。少なくともこれはよいことなのだが,様々な理由で大学で学ぶことができなかった人が多かった昔に比べて,遙かに多くの割合の人が大学で学ぶことができている。たとえばこのページによれば,1960年から右肩上がりで上昇した大学進学率は70年代の半ばから90年代の初頭まで約25年の間,25%前後で推移していた。そして,その90年代初頭から再び右肩上がりになって,現在では40%を越えている。つまり5人に2人は大学,さらに短大,高専,専門学校を含めてしまうと70%を越えて,ほぼ4人に3人が,いわゆる高等教育を受けていることになる。さらに,同じページの下の方には,80年代半ばに3万人余りだった大学院への進学者も実数として約3倍に伸びていることが示されている(ちょっと見にくいが,右上の図がその変化を示したもので,画像をクリックすれば,より大きい図を見ることもできる)。
いまさらここに書くまでもないが,Martin Trowの言う,エリート型,マス型,ユニバーサル型の分類で言えば,日本の現状はすでにマスを越えてユニバーサル型に入っていると考えてよいだろう。一部にエリート教育が可能な大学はあるだろうが,誤解を怖れずに書けば,親和であれ松蔭であれ,他の多くの大学と同様にユニバーサル型の大学として存在しなければならないのが現状である。そこで,かつての大学のイメージを基準に現状を見ると,納得しにくい点がいくつか現れてくるのは致し方ない。かくあるべきという理想と乖離した現状を否定することは,そのような大学の存在意義自体を否定することに他ならない。そうでなくて,私たちがやるべきことは,現状をきちんと把握して,それがあくまでも「現状」であることを認識して,そこから出発することしかない。FDであれ,学生による授業評価であれ,第三者評価であれ,いずれも現状がどうかを理解して,そこから少しでもよい方向に向けるにはどうすればよいかを考える手段なのである。
回りくどい言い方になるが,私の学習心理学の授業でずっと私語が続いてしまっていたのは,学生の問題だけでなく,私自身の問題でもあるのだということなのである。後期(実はこの期に及んでまだ交代できないかと模索中なのだが)には,さしあたって座席指定(やるからには,教務にお願いするのでなく,前任校でやっていたように,私が毎時間座席指定)するしかないかと考えている。と,同時に,これまでの私なりの工夫では十分ではないと言うことなのだから,授業の進め方自体も,私が基本的に説明するというスタイルから,テキストを読みながら一緒に考えるなど,何か別の(ある意味で高校で学生が馴染んでいるだろう)スタイルに変えてみるのも一つの手段かと考えているところである。
2008年7月24日木曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第14回
調査に協力をお願いしてきょうが3回目。現時点で親和でも他大学でも進行中なので,調査の目的などの詳細については後日ここで説明するが,回答することが楽しくなるような内容の調査ではないので,真摯に協力してくれたみなさんに,この場でもお礼を申し上げたい。
たまたまきのうのニュースにこんなのがあった。
たばこの煙払い、鼻折られる-埼玉
さいたま市在住のアルバイトの男(22)は22日午後9時50分ごろ、さいたま市南区別所の路上で喫煙していたところ、通りかかった「嫌煙派」の男子大学生(23)が自分の顔の前で手を振り、煙を払ったのを見て立腹。大学生ともみ合いになり、顔を殴った。大学生が「知らない男に顔を殴られて鼻血が出た」と110番。駆け付けた同署員が男を逮捕した。
受動喫煙の防止について、健康増進法は屋内の多数の者が利用する施設と規定しているが、路上喫煙を規制するために公道も含めるかどうか、議論は分かれている。
公的な場所と私的な場所の区別,自分の行動が他者へどのような迷惑をかけているのかについての認識も,ひとりひとりの経験によって作られていくしかないが,他者が自分はそれを迷惑に感じていると表現すると,上記のような痛い目に会う結果を招いてしまう。結果,表現することをやめてしまうと,他人は迷惑していることを感じる機会がなくなってしまう。悪循環。この悪循環を断ち切る良い方法はないものだろうか。結局,いくつかの自治体が行っている路上喫煙に科料を徴収するという弱化の方法しかないのだろうか。
閑話休題。最後の授業は小テストと消去と復帰の残りをさらって終了。正直に言えば,やっと終わったという感じ。こんな教員でも,最後までまじめに授業に参加してくれていた学生が少なからずいたことを,これまたお詫びをした上で,感謝するしかない。結局,授業に積極的に参加してくれる学生の反応が,準備してしゃべる側の何よりの好子なのである。さて,きょうの小テストとレポートの結果や如何に。
たまたまきのうのニュースにこんなのがあった。
たばこの煙払い、鼻折られる-埼玉
さいたま市在住のアルバイトの男(22)は22日午後9時50分ごろ、さいたま市南区別所の路上で喫煙していたところ、通りかかった「嫌煙派」の男子大学生(23)が自分の顔の前で手を振り、煙を払ったのを見て立腹。大学生ともみ合いになり、顔を殴った。大学生が「知らない男に顔を殴られて鼻血が出た」と110番。駆け付けた同署員が男を逮捕した。
受動喫煙の防止について、健康増進法は屋内の多数の者が利用する施設と規定しているが、路上喫煙を規制するために公道も含めるかどうか、議論は分かれている。
公的な場所と私的な場所の区別,自分の行動が他者へどのような迷惑をかけているのかについての認識も,ひとりひとりの経験によって作られていくしかないが,他者が自分はそれを迷惑に感じていると表現すると,上記のような痛い目に会う結果を招いてしまう。結果,表現することをやめてしまうと,他人は迷惑していることを感じる機会がなくなってしまう。悪循環。この悪循環を断ち切る良い方法はないものだろうか。結局,いくつかの自治体が行っている路上喫煙に科料を徴収するという弱化の方法しかないのだろうか。
閑話休題。最後の授業は小テストと消去と復帰の残りをさらって終了。正直に言えば,やっと終わったという感じ。こんな教員でも,最後までまじめに授業に参加してくれていた学生が少なからずいたことを,これまたお詫びをした上で,感謝するしかない。結局,授業に積極的に参加してくれる学生の反応が,準備してしゃべる側の何よりの好子なのである。さて,きょうの小テストとレポートの結果や如何に。
2008年7月13日日曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第11~13回 オペラント条件づけ(2~4)
ここ2回分の授業内容について書かずにいたが,一応触れておこう。第11回は反応強化子随伴性,4つの基本的手続きの枠組み,第12回は強化子と確立操作,そして第13回の7月10日の授業で消去の半ばまで。次週は所用のために休講しなければならないので,復帰のこと(とこれに伴ってオペラントレベル)を扱って,前期は終了である。
来週の予定を確認しておくと,まずフィードバック(それほど時間はかからないかもしれない),その後,調査の3回目,小テストの2回目,そして残りの内容を扱う。念のために書き添えるが,小テストで出題する範囲は,7月10日までのオペラント条件づけの内容である。基本的には第1回と同じように,基礎的な用語をきちんと理解しているかどうか,日常的な行動をそうした用語によって説明できるかどうかを確認するためものである。
なお,プリントでも配布したが,レポート締め切りが,教場では24日,メールでは8月4日であることを,再度確認しておく。
来週の予定を確認しておくと,まずフィードバック(それほど時間はかからないかもしれない),その後,調査の3回目,小テストの2回目,そして残りの内容を扱う。念のために書き添えるが,小テストで出題する範囲は,7月10日までのオペラント条件づけの内容である。基本的には第1回と同じように,基礎的な用語をきちんと理解しているかどうか,日常的な行動をそうした用語によって説明できるかどうかを確認するためものである。
なお,プリントでも配布したが,レポート締め切りが,教場では24日,メールでは8月4日であることを,再度確認しておく。
2008年7月3日木曜日
学習心理学Ⅰ 課題レポートについて
きょうの授業で発表するとアナウンスしておきながら,全く失念していたレポートの件。別紙の通りとする。ここからダウンロードまたは参照できる。来週の授業でプリントも配布予定である。
授業内容についてのコメントを書けないでいることについてもお詫びしたい。
授業で使用したパワーポイントのファイルはいつものようにアップしてある。
授業内容についてのコメントを書けないでいることについてもお詫びしたい。
授業で使用したパワーポイントのファイルはいつものようにアップしてある。
2008年6月25日水曜日
学習心理学Ⅰ: 調査のお願い
もう全く混乱していて,調査のお願いを明日からお願いしていたか,来週以降にお願いしていたか判然としません。
いずれにしても,明日の授業では調査のお願いはありません。来週以降,つまり,7月3, 10日の2日と,休講となる17日の補講日(予定では24日)の3日間に実施します。
いずれにしても,明日の授業では調査のお願いはありません。来週以降,つまり,7月3, 10日の2日と,休講となる17日の補講日(予定では24日)の3日間に実施します。
2008年6月20日金曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第10回 オペラント条件づけ(1) 強化と弱化(罰)

オペラント条件づけへの導入。日常的な場面での行動や選択行動がなぜ生じたり生じにくくなるかについての具体例から,強化と弱化という概念だけを説明する。これらをまとめて反応強化子随伴性と呼ぶことについては,コメントしただけで時間切れになった。ちなみにアップしたファイルにはその説明のためのスライドも含まれている。時間切れになった理由についてはここには書かない。
また,ルール違反といえばルール違反。きょうから出席点をとらないことに突然決めてしまった。きちんと授業を受けている学生には申し訳ないが,前回の小テストのヒストグラムを見てもわかるとおり,きちんと受けていると考えられる学生は出席点が成績に反映されてもされなくても影響はないと考える。学習の定義を正答できた3割程度の学生の平均点は8割を越えるが,そうでない学生の平均点は5割に満たないことからも,それは言えるだろう。
さて,7月17日は休講と話したが,補講はできればその翌週にと教務課にお願いしてある。最終決定は現時点ではできないとのことで,決まり次第掲示されるだろうし,連絡があればこのブログでも報告する。
なお,きょう使ったファイルは青をベースとしていたが,印刷している学生が少なからずいるようなので,背景を白にしてアップしてある。内容に変化はない。ささやかながらインクの節約のために・・・。
2008年6月13日金曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第9回 パヴロフ型条件づけ(6): 生物学的制約

今回でパヴロフ型条件づけは終了。生物学的制約の話も,理論的に意味があるテーマなのだが,生活実感からすれば,そんなの当たり前じゃないかという話である。けれども,少し考えてみればわかってもらえると思うが,私たちが日常的に「当たり前」と感じていることを,どれだけきちんと説明できるかはとても怪しいのである。
「当たり前」ということばと近いものに,たとえば「ふつう・・・」という表現がある。「ふつう○○するでしょう」,「××するのがふつう」,そしてそれを論拠にして,「あれは変」「変わっている」「おかしいんじゃない?」というような判断がなされているように見える。その「ふつう」というのは,何を基準に「ふつう」なのだろう。
ある人は自分が見聞きしたことを基準に「ふつう」という表現を使うのかもしれないし,またある人は本で読んだこと,別の人は科学的にわかっていることを基準に判断しているのかもしれない。そうした判断基準の違いは措くとしても,私たちが事実として知っていることと,それをきちんと説明することとは同じでないことに気づいて欲しい。授業で紹介した池内了氏の「疑似科学入門」も,そのような私たちの認識の危うさに関わっているものなのである(そのタイトルにある「疑似科学」を理解するというよりも)。危ういからこそ,簡単に何かを信用してみたりしてしまうという意味に於いて。
2008年6月9日月曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第8回 パヴロフ型条件づけ(5): 随伴性空間
さて,パヴロフ型条件づけもいよいよ佳境に入ってきた。先週の信号機能の続きとしての情報獲得の基礎過程としてのパヴロフ型条件づけである。どうしても確率の話をしなければならないために,たぶん取っつきにくい話だろう。2つの確率差分でどのような条件づけが成立するかが決まると言われてもたぶん最初はイメージしにくいと思う。ただ,それが一度わかってしまえば,自分自身の日常的な思いにバイアスがかかっていたことに気づくまでには時間はかからない。
2008年6月6日金曜日
2008年5月31日土曜日
神戸松蔭 学習心理学Ⅰ第7回 パヴロフ型条件づけ(4): 信号機能
1回目の小テストを実施したせいか,これまで多いときで91名,少ないときでは80名の出席者数が,この日は97名になった。そのうち初めて出席した学生は3名。これをきっかけにして,継続的に出席してくれればと思う。
さて,小テストはまだ採点していないが,リアクションペーパーには,難しかった,全然だったというものから,けっこうできたとか,個人的に出題の方法がすきというものなど,様々な反応があった。ただ,出題する側の勝手な言い草を書いてしまえば,今回のように,学習の定義,条件づけの基礎過程の説明,それらの日条例は,理解してもらわなければ先に進まない話である。
人間の行動を記述して説明する際に,用いる基本的な用語だから,言ってしまえば,「学習心理学語」の基本単語。人間の様々な行動を記述して説明するというのは,喩えてみれば,私たちが日本語以外の言葉を使って,自分の思いや情報を伝えるようなものである。その言葉の基礎的な内容や使い方を知らなければできない相談である。授業でもまた言及するが,これを機会に,復習,確認してほしい。
今回のリアクションペーパーには,「テスト難しいです。もうちょっと時間をいただきたいです。授業もよくわかりません。もっと簡単に説明してください」,さらに,「A君はみるだけでどきどきするのは結局どーゆーことですか? サッカーは関係あるんですか?」という反応もあった。約束通りに,リアクションペーパーは,誰が書いたのかチェックしないから,これまでほとんど出席していなかった学生によって書かれたものか,それとも熱心に参加していた学生によるものなのかわからない。ただ,ここでも教える側の勝手な言いぐさを書いてしまえば,もっと早くに書いてほしいというのが正直なところである。小テストが思うように書けなくて,これまで書きたいのに我慢していたことを素直に書いたということなのかもしれないけれど・・・。
ちょっと困ったことが起こってしまった。というのは,問題1を無回答の答案がたくさんあること。実をいえば,昨年度も全く同じことが起こってしまっていたのである。答案を出すときになって気づいた学生もいて,そのときや授業直後にそんな話を聞いたり,リアクションペーパーに気づかなくて残念といったコメントもあったのだが,無回答の答案が予想以上に多い。昨年度もそのようなことがあったのを,まったく失念していたために,問題の書き方をもっとわかりやすくするのも失念していたのである。
次回の授業で返却予定だったのだが,念のために学生と話して,問1については正規の得点から除いて,いわばボーナスポイントのような扱いにすることを提案しようと思う。昨年度の親和での研究法のテストとはまた違った問題点だが,フェアであることを第一義にして善処できればと思う。
さて,小テストはまだ採点していないが,リアクションペーパーには,難しかった,全然だったというものから,けっこうできたとか,個人的に出題の方法がすきというものなど,様々な反応があった。ただ,出題する側の勝手な言い草を書いてしまえば,今回のように,学習の定義,条件づけの基礎過程の説明,それらの日条例は,理解してもらわなければ先に進まない話である。
人間の行動を記述して説明する際に,用いる基本的な用語だから,言ってしまえば,「学習心理学語」の基本単語。人間の様々な行動を記述して説明するというのは,喩えてみれば,私たちが日本語以外の言葉を使って,自分の思いや情報を伝えるようなものである。その言葉の基礎的な内容や使い方を知らなければできない相談である。授業でもまた言及するが,これを機会に,復習,確認してほしい。
今回のリアクションペーパーには,「テスト難しいです。もうちょっと時間をいただきたいです。授業もよくわかりません。もっと簡単に説明してください」,さらに,「A君はみるだけでどきどきするのは結局どーゆーことですか? サッカーは関係あるんですか?」という反応もあった。約束通りに,リアクションペーパーは,誰が書いたのかチェックしないから,これまでほとんど出席していなかった学生によって書かれたものか,それとも熱心に参加していた学生によるものなのかわからない。ただ,ここでも教える側の勝手な言いぐさを書いてしまえば,もっと早くに書いてほしいというのが正直なところである。小テストが思うように書けなくて,これまで書きたいのに我慢していたことを素直に書いたということなのかもしれないけれど・・・。
ちょっと困ったことが起こってしまった。というのは,問題1を無回答の答案がたくさんあること。実をいえば,昨年度も全く同じことが起こってしまっていたのである。答案を出すときになって気づいた学生もいて,そのときや授業直後にそんな話を聞いたり,リアクションペーパーに気づかなくて残念といったコメントもあったのだが,無回答の答案が予想以上に多い。昨年度もそのようなことがあったのを,まったく失念していたために,問題の書き方をもっとわかりやすくするのも失念していたのである。
次回の授業で返却予定だったのだが,念のために学生と話して,問1については正規の得点から除いて,いわばボーナスポイントのような扱いにすることを提案しようと思う。昨年度の親和での研究法のテストとはまた違った問題点だが,フェアであることを第一義にして善処できればと思う。
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