2007年11月4日日曜日

悲しい性



きのうきょうとお出かけ日和。きのうは仕事だったのだけれど,きょうはお昼前から六甲山にお出かけ。神戸に来る前に住んでいた大阪も嫌いではなかったけれど,事ある毎に20年間住んでいた東京に帰りたいと思っていた。けれども神戸に住んで1年半余り,東京に帰りたいと思うことはなくなってしまった。逆に学会などで東京に出かけると早く神戸に戻りたいと思うまでになってしまった。

神戸の沢山ある魅力の一つは山と海。日本三大夜景のひとつの六甲山からの眺めは,昼間に見てもすばらしい。眺めながらふと思い出したことがあった。ああ,人間というものは,欲深いものなのだ,あるいは悲しい性を持つものなのだと感じたこと。

つい先日のこと,ある学生と話していたら,彼女が住んでいるのは明石大橋が間近に望めるとあるマンションの22階。さぞやかしすばらしい眺めを毎日毎夜楽しんでいるのだろうとうらやましがったところ,彼女は一言,「飽きました」。悲しいかな,おそらく100人が見れば100人が感嘆するであろう眺めをもはや彼女は当初ほどには楽しめないとは・・・。急いで書き加えなければならないのは,これが彼女個人の問題ではなく人間一般の問題であること。つまり,パヴロフ型条件づけの馴化かオペラント条件づけの飽和化のいずれかは判然としないが,同じ刺激を繰り返し経験すると,その刺激が持っている反応(パヴロフ型で言うところの定位反応)を引き起こす力やその他の反応を強化する力(オペラントで言うところの強化力)は弱くなっていってしまうのである。本当かどうかは知らないが,○○は三日見れば・・・という常套句はこうした現象の日常例と考えることもできるのである。それではどうすればよいか。遮断化すればよいという至極単純な答えが返って来るであろう。

神戸に住んでいても,ときどき山に登り,そのすばらしい眺めを楽しむのが分相応という以前に,人間の性を考慮したやり方かと思ったことであった。

11月に入ってから,このブログにもカウンターをつけてみた。読んでくれている人が若干名はいることがわかってちょっと嬉しい。

お断り: ここに示した画像は,ビバ! 夜景というサイトのものを無断使用しています。きょう出かけたのは,まさしくこの場所でした。問題があれば,削除いたします。

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